偽りの婚約者に溺愛されています
先ほど私に告白をした沢井さんと私は、本当はあまり変わらないのかもしれない。
少し優しくされただけで期待してしまう自分がいる。
こんなとき、彼はただ優しいだけだと自分に言い聞かせてきた。
仕事ができて、格好良くて女性にもてる。そんな彼が、私を特別に思っているはずなどないのだからと。
私たちが勤めるこの『ササ印』は、国内では名の通った老舗の文具メーカーだ。
文具業界の国内でのシェアは上位にのぼる。
私はここで、商品の企画課に所属し、日々新商品の開発に携わり、忙しい毎日を送っている。
実はこの会社は、私の父が経営している。
将来は一人娘である私が継ぐように言われながら育ってきたが、今はまだそんなことは到底、想像もつかない。
仕事も半人前なのに、経営だなんてとんでもない。
目下、修行の毎日だ。
もちろん、周囲に特別扱いされないように、身分は隠している。
私は笹岡夢子。
入社四年目の二十六歳。
見かけは男に見間違えられるほどなのに、名前が『夢子』だなんて、自分でも似合わないとは自覚しているが、こればかりは仕方がない。
中学校と高校は、地元でも箱入り娘の集まりだと噂されるエスカレーター式の名門お嬢様女学校だった。そこで女らしくなることが、日々男らしくなっていく私を心配した両親の、たっての願いだったのだ。
しかしそれが逆にあだとなり、自分で言うのもなんだが、私はそこで女の子たちの憧れの的となってしまった。バスケ三昧の日々を送っていた私は、ますます男らしさに磨きがかかってしまったのだ。
そんな当時のあだ名は『王子』だった。
一時期は騒がれているうちに、このままであるべきだと思い込み、本当に男なんていらない、このまま女の子といたほうが楽しいのではないかとまで考えたりもした。
だが、卒業して現実的になったとたんに、当然の如く普通の女の子として恋がしたいと憧れ始めた。
だが、多感な時期をほぼ男として過ごしてきた私は、もちろん男性に免疫などない。どうしたらほかの女の子たちのように可愛くなれるのか、男性と恋ができるのかわからないまま今も、過ごしているのだ。