プラス1℃の恋人
 20分後、ようやくひととおりの文章を書き終えた。

 校正ソフトでスペルミスをチェック。
 千坂のOKさえもらえれば、任務完了。

 ドキドキしながら、千坂のデスクの脇に立つ。

 千坂は原稿にひととおり目を通すと、顔を上げてにっこり笑い、手をのばして青羽の頭を撫でた。

「よく頑張ったな。お疲れさん。栄養とってしっかり休めよ」

 火照った顔に、ひんやりとした指先が触れる。

 ――冷たくて気持ちがいい。

 仕事をやりきった安堵感と、千坂に褒められた達成感で、神経回路がどうにかなってしまったのだと思う。

 気が付いたら、青羽は千坂の手にしがみついていた。

「気持ちいい……」
「……は?」

 青羽は膝から崩れ落ちるように、タンクトップ姿の千坂の胸に倒れこんだ。

 熱帯化したオフィス。
 ひんやりとした千坂の肌は、まるでオアシスのように冷たくて気持ちがいい。

 ――いいにおいがする。

 熱くなった自分の頬を、少し湿った千坂の胸板にくっつける。

 なにもかもが暑苦しいのに、なぜこの人の体はこんなにも冷たくて気持ちいいのだろう。

 さらに涼を求めようと、青羽は千坂の体にしがみつく。
 太い二の腕に手のひらを当て、首筋に唇を押しつける。

 そして、椅子ごとふたりは床に倒れこんだ。

「ちょっ、須田っ! おま、なにやって……」

「気持ちいい……」


 青羽は千坂の冷たい肌に唇を這わせた。
 そして……

 …………そこからの記憶が、すっぱりと途切れていた。
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