プラス1℃の恋人
 千坂は慌てた。

 なんとかしなければと思ったが、自分も青羽も、格好が格好だった。
 病院へ連れていくにしても、まずは着替えなくてはならない。

 とりあえず、男子更衣室に青羽を連れていくことにした。

 着替えやタオルも常備してあるし、シャワーがあるから汚れた服も洗える。
 横になっていれば、そのうち意識も戻るだろう。

 ベンチの上に寝かせ、スポーツドリンクで水分補給をさせたあと、タオルをかけて汚れた服を脱がせる。

 誰かが急に入ってこないよう入り口に鍵をかけ、シャワー室で青羽の服を洗った。

 いつの間にか青羽がいなくなっていたので、体調がよくなったと思い、洗った服を更衣室のハンガーにかけてオフィスに戻った。

 しばらくすると、青羽がなにごともなかったように姿を現したので、ほっとした。

 それが真相だった。


「帰るときも普通だったし、たいしたことはなかったんだな、くらいにしか思っていなかった。だけど症状が急変することもあるって妹に教えられてな」

「すみませんでしたっ! そんな醜態をさらしていたなんてっ!」

 ふたりのあいだになにがおきていても、絶対に後悔しない。
 そう思っていたはずなのに、忘れていたほうが幸せだった、と青羽は泣きたくなった。

 
「まぁ、悪い気はしなかったけどな」

 千坂は豪快に笑ったあと、「これってもしや、セクハラだったりするのか?」とまじめに聞いてきた。

 セクハラはセクハラでも、どちらかというと、部下から上司へのセクハラです……。


 結局真相は、自分がどうしようもなくバカだったということだ。

 すっかりおとなしくなってしまった青羽を心配して、千坂が顔を覗き込む。
 黒目がちの丸い目はとても優しい。ほんとうは、キスくらいしていたのではないか。

「なんなら続きは、レストランの下にあるホテルで試してみませか?」

 思いきってそう言ってみようか。
 でもきっと、千坂は笑いながら「酔っぱらいは帰って寝ろ」と青羽の誘いを一蹴するだろう。
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