鎖骨を噛む





「どうしてそこまでしてくれるんですか?」



彼は私に背を向けたままそう訊いた。



「どうして? 決まってるじゃない。私はあなたのことが好きだから。」



「好きって……でも、僕たち会ったことないですよね? 僕は家からほとんど外に出ませんし……。」



「コンビニくらいは行くでしょ?」



「あー!」急に彼の声が大きくなった。



「まさか、あなた、僕の近所にあるコンビニの店員さんですか?」



「そうよ。」本当は違うけど、そう答えた。都合がいい。



「そこであなたを見かけて、後を付けて、住所を特定して、気絶させて男友達に車を出してもらって、ここまで運んだわけ。」



「そうだったんですね……。」彼は私の嘘を信じた。人は謎が解けるような嘘をつかれると、より信じてしまいやすくなる。



「でも、それならここまでしなくても……。」



「何? ケチつける気?」



「い、いや、そうじゃなくて……例えばレシートを渡す時に、連絡先を書くとか、直接訊いてくれるとかしてくれたら、よかったのになっと……。」



おっしゃる通りだけど、肯定する気はさらさらない。




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