青野君の犬になりたい
第一章

すとんと落ちる

それは同じ部署の青野君と一緒に少し遅めのランチをとってオフィスに戻るときのこと。
青野君は私より2つ年下、27歳の同僚だ。
仕事はそつなくこなす。
何でも頼んだことは「いいですよー」と緩く、快く、引き受けてくれる。
残業してれば手伝ってくれるし、荷物を運んでいれば「僕持ちますよ」と運んでくれて、
ちょっと飲んで帰ろうよと言えばやっぱりたいていは「いいですよー」とつきあってくれる。
どんなシーンでもいつも「いいですよー」と言う感じ。

不潔には見えないので許されている、目にかかるほどのぼさぼさの髪と、
今時あまりみかけない茶色の分厚いフレームの古臭い眼鏡。
いつも着ているペラッとしたスーツはまるで制服のようだ。
つまりもパッとしない感じなのだけど、それでもなぜかそれほどダサく見えないのは、
細身で頭が小さくて、目鼻立ちがすっとしているせいルックスのせいか。

「青野草汰」という苗字から、私は青野君を見ると野原でさわさわと風に揺れている
野草を思い浮かべてしまう。どんなときでも風に身を任せて楽しんでいるような。
他の女子たちの評判も悪くない。ただ男っぽさが感じられない。

「青野くんて優しいし雰囲気も悪くないのに、パンチがないよね」
数日前、エレベータの前で一緒になった青野君にそう言ってみた。
「パンチ?」
「うん。なんかさ、もう少しグイッとしたところがあればすごいモテそうなのに」

今考えれば、自分のことを顧みず随分と身の程知らずなことを言ったものだと思う。
青野君は気に留めた風もなく、ちょっと頬を緩めただけだったけど。

ひょうひょうとして優しくて、そばにいると安心できる青野君。
こんなに私のお願いを何でも聞いてくれるのは、もしかして私のこと好きだったりして。
でも残念だけど彼氏には物足りないよね、なんて思っていた。
それなのに――。

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