貴方が手をつないでくれるなら

…あ、まさか、こんなに早く会えるとは思わなかった。
今日は天気予報通り、朝から雨が降っていた。寒い雨だ。居ないかも知れないと思っていた。

傘を差して並木道に行ってみると、レインコートを来て傘を差し、ベンチに座る眞壁さんが居た。


「…眞壁さん」

「あ、柏木さん。あ、お元気に…何だか、顔色が以前よりいいですね」

何だか、照れくさい。

「は、ハハ、それは、甲斐甲斐しく世話をしてくれた“嫁”が居たからですね」

「あ、え?…よ、め?」

「あー、町田の事ですよ。ずっとうちに居ましたから。同棲してました。顔色か…野菜中心のご飯を作ってくれていたお陰だと思います」

顎に手をやった。

「そうですか」

「身体、冷えてないですか?あの、ちょっとだけ、そこに入りませんか?こちらからこんな言い方は駄目なんですが、あまり時間が無くて、ゆっくり出来なくて申し訳ないのですが」

「はい」


近くの喫茶店に移動した。
小さなテーブルに向かい合って座り、珈琲を注文した。

「遅くなりまして大変申し訳ありませんでした。あの時は、失礼な事を言って、…暴言ですよね、本当にすみませんでした」

ガタガタと足をぶつけながら立ち上がり頭を下げた。

「あ、柏木さん。そんなのは止めてください。座ってください…、お願いします。座ってください」

人目もある。大の男が、しかもこんな風貌の男が頭を下げている。この女性は何者。どんだけ偉いんだって。
好奇の目が向いているのは解かった。

「では、失礼して、お言葉に甘えて座らせて頂きます」

またガタガタと窮屈そうに座った。

「もう、いいんです。本当に大丈夫ですから。…大人なのに、…私が下手なだけだったんです。
あの程度の事を…いつまでも…、上手く受け流せなかった、余裕の無い私にも問題があるんです。普通ならその場で笑い飛ばせばいいくらいの事なんです。だから、もう、本当に気にしないでください。大丈夫です、これでこの事は終わりにしましょう。はい、終わりです」

「あぁ…、すみません、有難うございます。それから、急に手を掴んだりしてすみませんでした」

どちらかと言えば、こっちの方がショックを与えたはずだ。

「あ…それも。大丈夫ですから。…大丈夫です。もう何もかも本当に気にしないでください」

「はい、有難うございます。すみませんでした」

「あの、もう傷が痛む事は無いのですか?」

「え、ああ。治りましたから。痛みはないですが、これからは、さあ、どうなんでしょうね。天候によっては痛む事もあるのかも知れませんが。俺はそれ程繊細では無いので、少々疼いても気がつかないかも知れないですね。
こう言うと話の返しに困りますね」

「あ、気にしないでください。私が漠然と、解らないモノを聞いたから…」

「いやいや、実際、俺なんかと面と向かって話すとなるとちょっと引くでしょ?ちょっとどころじゃないか。ハハハ。町田みたいな柔らかい顔つきとは違うし。構えてしまうでしょ。あー、これも返答に困るか。肯定も否定もし辛いですね」

「あー、そう言われると。私も男性と饒舌ってほど喋れないし、機転も利かないし。…あ、…すみません。こう言ってる事が、そうですねって言ってしまってますね。…ごめんなさい。
何だか言い訳ですけど、会わないままメールのやり取りをしていたから、そこは平気で話せていたところがあって。いざ顔を見て話すと、変に緊張すると言うか、…恥ずかしいものですね」

お、顔を伏せて露骨に赤くなられると、こっちも照れるな…。

「あの、いつもお髭は、そんな風に?あ、嫌とか変とか、そんなんじゃ無くて、ただ聞きました」

「…あ、ハハ。大丈夫ですよ。これは、はい、普段からです。…感じ悪いですかね、やっぱり」

顎に手を当て髭を撫でた。

「いえ、あの、大丈夫だと思います。大丈夫?あ、あの、柏木さんによく似合ってると思います。…あ。あ、あの、恐い顔つきだからとかそんなんじゃ、あ、違います違います。恐くなんかないです。いい人です。凄く誠実な人だと思います。
…もう、ごめんなさい。柏木さんを許すふりして、あれこれ虐めてる訳じゃないですからね」

…もう何言ってるんだろ、私。パニクリ過ぎ。

「プ。ハハハ。大丈夫ですよ。そんなに慌てて恐縮しなくても。自分の事は自分で解ってますから。
落ち着いた感じなのに案外面白い人ですね。意外でした。…申し訳無い、もう行かないと。
また、ベンチに行ってもいいですか?」

「え?」

「謝る為にっていうのはなくなりました。それに、約束ではないです。ただ、俺が行った時、貴女が居たら、こうして話してもいいですか?」

「え、は、い」

「では、またと言うことで」

「あ」

伝票を手にするとあっという間に支払いを済ませ行ってしまった。
傘を広げて走って行くのが見えた。
町田さんといい、柏木さんといい、居なくなるのが早い…。
残されると一瞬だけど、このポツンとした感じが何とも…寂しくなるんですけど。

…うん。これですっきり終わった。私も帰ろう。
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