俺のバンドのボーカルは耳が聞こえません
そう言われるのは百も承知だった。
だから、仕方ないと思いつつ、何とか説得するしかないし、俺は予想通り全否定された今でも、音生の歌声を聴かせればこいつも乗る気になるだろうと思っている。
それに光のこの反応は、詳しいことを何も言わずに誘った俺の責任だとも思う。
「とりあえずさ、カラオケに行こうぜ。そこで音生の声を聴いてくれたら、お前も分かるよ」
「はあ?分かるも何も……」
「…お、俺!」
半信半疑、というより不信全疑の光が呆れたように批判的な意見を言おうとした時、今まで光に怯えて黙りこくっていた地味男が突然大声を上げた。
名前は聞いたはずなのに、もう既に忘れてしまった。
俺と光は、その声に、一斉に彼に注目する。
音生はその声が聞こえないので、相変わらず俺を見つめたままだったが、俺達の視線の先が変わったことで、話し手を察知したのか、彼の方に目を動かした。
だけど、待っても待っても彼の口からその先の言葉は出てこない。
「何だよ?何か意見あんの?」
光が不機嫌な気持ちを八つ当たりするかのように、じろっと睨む目つきで彼を見つめる。
そこで、俺はこいつの名前を思い出した。
そうだ、橋本だ。
下の名前は思い出せないが、名字を思い出しただけ、まだ良いだろう。