視線から始まる
その日のお昼休み、いつものように枢とお昼ご飯を食べていた。
やはりそこに会話はなかった。
だが、気まずい空気は一切なく、むしろ居心地良く感じるのは慣れもあるかもしれないが、枢から発せられる独特の空気感のおかげかもしれない。
少し前までは考えもしなかった、枢とのこのお昼の一時。
ゆったりとした時間が流れる中、本を読んでいると、髪の毛を軽く誰かに引っ張られた。
誰かなど決まっている。
ここには瀬那と枢しかいないのだから。
横を見ると、枢が瀬那の髪を一房手に取り指で弄んでいた。
漆黒の瞳がじっと私を見つめている。
「な、何?」
「大人しいと思ったが、案外怖いんだな」
「へっ?」
一瞬なんのことを言われているのか分からなかった。
「今日のことだ」
その言葉で、今日花巻さん達に啖呵を切ったことだと分かり、頬が熱くなる。
「だってあれはっ。
そもそもあなたが最初から対処してれば私だってあんなことしなかったもの!」
今さら蒸し返されると、キレた自分がなんだか恥ずかしくなってきた。
恥ずかしさのあまり声を荒げてしまったが、相手が枢であることを思い出した瀬那は失敗したと思う。
逆に睨まれると思って身構えた。
けれど。
彼は笑っていた。
口角を上げて、小さくっくっくっと声を殺して。
初めて見た彼の笑い顔に瀬那は時が止まったように見つめる。
「俺も気を付けたほうがよさそうだ」
からかうようなその言い方にムッとする瀬那。
「人を凶暴みたいに言わないで!」
また小さく笑う彼の顔に見惚れてしまい、瀬那は髪をくるくると絡ませる枢の手を咎めるタイミングを逃してしまった。