見えないなら繋いで・大学生編
「…悪い、送っていく」
「えっ」

突然立ち上がった真壁くんが気分を害したのかと慌てて顔を上げた。

「真壁くん…、あの、私…その、嫌とかじゃ…ううん、こんなの初めてで、上手くできなかったかもしれないけど…嬉しかったから…っ」

座った姿勢から自然と上目遣いに真壁くんを見上げ、恥ずかしいのを堪えてそう訴えると真壁くんはベッドに崩れ落ちるようにボスンと腰かけた。

「分かったから…っちょっと黙って。こっちは今必死で抑えてるから」

そう言って深いため息を吐き出してから真壁くんはまた立ち上がった。
その顔は心なしか少し赤く見える。

「神月さんの言いたいことは分かったから」
「…ほんと?」
「うん。だから、今日は送る」

何だか話が繋がっていないような気がしたけど、真壁くんに手を差し伸べられて私も立ち上がった。

陽の傾いた道を並んで歩く。
真壁くんはいつにも増して無口になった気がした。

次はいつ会えるだろう。

そう思うと自然と歩くスピードが遅くなる。
距離が開き始めたことに気付いて真壁くんが振り返った。

「神月さん?」
「…なんか、帰りたくないな」
「!」
「授業本格的に始まったらしばらく忙しくなりそうだし…」

なんて、子供っぽいワガママを言って呆れられるかな、とそろりと真壁くんの顔を見上げる。

「え…」

気のせいではなく、真壁くんの顔が珍しく赤くなっていた。
まじまじと見つめてしまい、真壁くんが右手で顔を隠すように覆う。

「真壁くん…?」

その珍しい表情に釘付けになるが、どうして真壁くんが真っ赤になっているかが分からない。

「あーもう、ほんと神月さんて…」

そう言ってこっちに向けられた視線に心臓が跳ねた。
その眼がさっき真壁くんの部屋でのキスの時に見たものと同じだったからだ。

「そういうこと簡単に言わないで」
「え?」
「さっきの」

さっきの。
真壁くんに意識を奪われて自分が何を言ったのか思い出せない。
それが真壁くんにも伝わったのか、真壁くんは渋々といったように口を開いた。

「だから、帰りたくないとか。あのさ、あんなの俺の部屋で言ったらほんとに帰さないからね」
「う、うん」
「…いや、意味分かってないよね。とにかく、しばらく俺の部屋で会うのはなし」
「え、なんで?」

反射的にそう言うと真壁くんはじろりと睨むような視線を私に向けた。

「俺もそこまで大人じゃない。少なくとも神月さんが俺の苦労を理解するまで無理」

真壁くんが言うことは難しい。
でも、今の真壁くんの言葉は自分で考えろってことだ。

「…分かった。真壁くんの言うことが理解できれば、またお部屋に入れてくれる?」
「…………」
「真壁くんっ」
「……ほんとに理解できたらね。その時はもう我慢しないから」
「よしっ」

真壁くんはまたため息でも吐きそうな顔をしていたけど、駅についた時にはいつも通りになっていた。

「送ってくれてありがとう。予定わかったら連絡するね」
「俺も分かったら連絡する」

駅の改札を抜けて振り返るとまだ真壁くんは見送ってくれていた。
真壁くんは分かりづらいところがあるけど、ほんとはすごく優しい。
その姿に胸がきゅうっと苦しくなったが笑顔で手を振って角を曲がった。

しばらく会えなくても頑張れると思えた。

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