夢みるHappy marriage



ちょうど目の前に座っていた卓哉と目が合うが、俺の考えていることが分かったのか、その戸惑ったような瞳はすぐに宙へと反らされてしまう。
だけどこうなったら、誰か代役を立てない訳にはいかない。

「……卓哉、しばらく仕事休んで俺の身の回りの世話をしてくれないか?」

俺の言うことには逆らえない卓哉がうっと言葉に詰まると、彼の後ろから強力な助太刀が入った。

「ふざけたこと言わないでください、うちの卓哉を渡す訳ないでしょう?」

「西篠さんっ」

まるでご主人様の登場を喜ぶ子犬のように、環の登場に目を潤ませている。彼女が卓哉の隣に座ると、一気に場の緊張感が増した。

だけどその空気を読めない奥森が、このチャンスを逃してなるものかとでもいうような勢いでテーブルに乗りあがって叫ぶ。

「社長、よかったら私がっ」

「座っとけ、お前じゃ務まんねぇよ」

片桐に肩を掴まれて座らされる花帆。


「なんなの、お前。相変わらず社長様にご執心だけど、いつか振り向いてもらえるとでも思ってんの?」

「別に振り向いてもおうなんて思ってませんよ。ただ社長のことは本当に尊敬してるから、変な女が寄り付かないようにと思って」

「慧人からしたら、お前が変な女だよ」

容赦ない片桐の良い様に、普段滑らかに毒舌を吐く奥森も言葉に詰まる。

……奥森が俺を案じている理由を、ちゃんと知っている奴は俺以外に、花帆の同期の卓哉位しか知らないだろうか。冗談まがいにも、そんなことを言い出したのは自分のためでも、はたまた俺のためでもないということを。

卓哉の心配そうな瞳に自分が映る。
俺だって放っておくつもりはない、そうは思ってもその何の迷いもない真っ直ぐな瞳からは、思わず目をそらさずにはいられなかった。


「なんなんですか、自分が社長みたいに慕われないからって妬いてるんですか?」

「はぁ?」

いつもみたいに二人の言い合いに発展して、西篠がため息を吐きながら仲裁に入った。

「社長、さっさと始めましょう。そろそろ、あの人もシンガポールから帰ってくる頃でしょう?色々片付けておかないと、また何を言われるか分かりませんよ?」

「あぁ、そうだったな……」

あの人というワードに、更に頭が重くなる。これはしばらく、悩みのタネが尽きそうにない。




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