私、古書店の雇われ主人です。
遠回りをして図書館前の広場へ到着。バスを降りるとすぐ、航君は広場の中央を見て足を止めた。

「あれって羽鳥さんですよね? ほら、噴水の近くで女の人たちと一緒にいる」

「え?」

航君の視線の先を見遣ると、確かに羽鳥さんがいた。話しているのは学部の女子学生だろうか?

(そっか、羽鳥さんは先生なんだもんね)

不思議な感じがした。

(羽鳥さんは羽鳥さんなのに、なんだか少し遠い人みたい……)

するとそこへ、今度は女の子たちと入れかわるようにして別の女性が現れた。

「カンナさん、こっち」

「えっ」

航君に手を引かれ、バタバタと物陰に移動する。

「(ちょっと、航君!?)」

「(静かにしてください)」

私は航君に言われるまま、羽鳥さんたちの会話が聞こえるか聞こえないかくらいのその場所で息をひそめた。

(これじゃあ完全に、覗き見、盗み見じゃない……)

もちろん気がとがめた。でも、それ以上に――。

「あの人、羽鳥さんのお隣の研究室の秘書さんらしいです」

「そ、そうなの?」

(美人で知的な大人の女性、だよね……)

彼女が羽鳥さんへ向ける親しげな眼差しに、心がにわかに騒めいた。

「羽鳥さん、意外とモテるんですよ」

「えっ」

航君はニコリともせず淡々と言った。

「でも、今のところ付き合っている人はいないそうです」

「あ、そうなんだ?」

「みたいですよ。ベテラン秘書さんから聞いたので確かです」

「航君て、どんだけ顔が広いわけ?」

苦笑しつつ、どこか「ほっ」としている自分がいる。まあ、お店に来るときはいつも一人だし? 彼女がいたら、あんなにちょいちょい顔出せるわけないか。

「ちなみに、その情報通の秘書さんによると――」

「うん?」

「好きな女性はいるんじゃないかって」

(えっ……)

心がざわりと揺れた。途端に、女性と話す羽鳥さんの表情がさっきとは違うふうに見えたりして……。

(私、どうしちゃったんだろう)

「カンナさん、今“やばい”とか思いました?」

「ええっ」

鋭い指摘に動揺する。けれども、航君はそんなことは意に介さずにさらりと言った。

「でも、やばいかどうかはわからないじゃないですか」

「は、はい?」

「羽鳥さんが好きな人、カンナさんかもしれないし」

(ええっ!?)

「航君、いきなり何をっ……」

「けど、羽鳥さんがカンナさんを好きなら好きで、それはそれでカンナさん的には“超やばい”ということか」

「航君!だから――」

「あ、行きましょう。話、終わったみたいだから」

「えっ……ちょっと、航君っ」

(こっちの話はぜんぜん終わってないんですけど!)

今のって、“大人をからかうものじゃない”と叱るとこ? けど、悪ふざけで人をおちょくってやろうという感じとは違ったような……。だったら、何???

(ああ、もう!わからない!今は考えない!)

とりあえず、いったん思考停止。なんだか消化不良のまま、私は羽鳥さんと航君のところへ駆け寄った。

「カンナさん、どうかした? 大丈夫?」

「だ、大丈夫ですよ? 何でもないです」

心配そうに首を傾げる羽鳥さんに笑って返す。

(私の笑顔ぎこちなかったかな? もう、なんで気まずくなってるわけ!?)

ちょっと恨めしい気持ちで航君を見ても、「知りませーん」と素知らぬ顔だ。

「おれ、見たい本があるんです。早く行きましょう」

「あ、うん」

「そうそう。中へ入ったら、おれは別行動で」

「はい?」

(航君、何言ってんの?)

「カンナさんのお目当ては書庫ですよね? おれはもう教室のみんなと見学させてもらったことあるんで」

「え?」

「おれのことはお構いなく。“羽鳥先生”に案内してもらってきてください」

「あ、ちょっと!」

(ああ、もう……行っちゃった)

今日の航君はおかしい。絶対あやしい。行動や言動にいちいち含みがあるのだもの。羽鳥さんは気にしていないようだけど。

「それじゃあ僕らも行こうか」

「ええっ、あ……はい」

(“羽鳥先生”か……)

ざわざわして、そわそわして、ちょっと――ドキドキしていた。
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