桜時雨の降る頃
唇が離れてく気配を感じて、閉じていた瞼をそっと開けた。



そこには照れ臭そうに目を背ける朔斗の姿。


「……帰るぞ。寒い」


「……うん」


「……誕生日、おめでとう。何もねぇけど」


「ううん。ありがと……。
朔斗といられるだけで充分だよ」



ふっと笑いながら、わたしは朔斗の手に自分の手を絡めてキュッと握った。


帰ろう。

わたし達の場所へ。




「夜桜、綺麗だね」


「さみーけどな。
あっという間にこれも散っちゃうんだろうな」


咲いたと思ったら散っていく、儚い桜。


だからこそ、この2年、見るのが嫌いになっていた。


けれど、今日ひとつ、桜の下で幸せな思い出が出来たから。


毎年少しずつ、幸せな時間を積み重ねていけば

いつかあの悲しい春の日を

過去の自分を

懐かしく笑って話せる日が来るのだろう。



まだ鈍く胸は痛むけれど

隣に朔斗がいれば、きっとそれは叶うと信じて




ようやくわたしは、未来への一歩を踏み出した。










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