もしも空を飛べるなら
タイトル未編集
あれは、いつ頃だっただろうか。一点の曇もない、果てしなく広がる空に、色とりどりの花や青々しく茂った草々。そしてその中央に聳え立つ、一本の大木。私は暖かい風を肌で感じながら徐に目を閉じ、深呼吸をした。照りつける太陽は眩しかったが、まるで私を優しく包み込んでくれているような気がした。こうして目を閉じていると聴覚が研ぎ澄まされ、多種多様な音が聞こえてくる。草や花が風で揺れる音、チュンチュンと可愛らしく鳴く鳥の声、そして大木から生い茂る葉の擦れ合う音。それら一つ一つの音は、暗く沈んだ私の心を、少しずつではあったが癒してくれた。音が治癒能力を持っているなど聞いたこともないし、そもそも身体に心なんて部位はないのだから、この表現は非常に不適切なのかもしれない。しかし、今の私の状態を指し示すとしたら、この表現が一番適切であると私は考える。ふと、今まで聞こえていた音とは異なる音がした。何事かと思い、私はゆっくりと目を開けた。辺りを見回すことはせず、目線をあちこちに向ける。見える景色は変わらず平凡だった。私は再び目を閉じた。やはり自然が発する音に混じり、微かではあるが、人の呼吸する音が聞こえる。しかしこれは確実に私のものではない。私は幼い頃から、目を閉じると、何処にどんな生き物がいるのか、どんな植物があるのかが分かってしまうのだ。これは絶対に間違えるはずがない。私は自身たっぷりにそう思った。だがそうなると、一体何故こんなところに人がいるのだろうか。悩んでも仕方が無い。私は草原の中央に立つ大木に向かってゆっくり歩いていく。私が歩く度に下敷きになってしまう草や花に目をやると心が痛かった。本当は"歩きたくない"のだが。こればっかりは仕方が無いと、なるべく下を見ないように、かつ優しくゆっくりと歩き続ける。しばらくして私は立ち止まると、顔を上げ空を見上げた。
といっても大木の枝にところぜましと生い茂った葉が空を覆い尽くしてしまっているため、私が見上げた時に視界に映し出されたのは色鮮やかな緑の葉だった。この葉のおかけで大木の根本には大きな日陰が出来ており、日向と比べると涼しいと感じるのが妥当なのだろう。私は暑さも寒さも感じないので、その感覚はよく分からないのだが。私は視線の先を大木の根本に移した。大木の幹に背を持たれ、首を項垂れて寝ている一人の少年がいた。私はその少年をしばらくそのまま見下ろしていた。ところが、いつまで待っても少年は一向に起きる気配がない。もしかして、もう死んでいるのだろうか。私は少年の生死を確認するために、その場にしゃがみこみ顔を覗き込んだ。少年の顔は眉や鼻筋に至って全てが綺麗に整っていて、俗に言う美少年だった。本当に綺麗な顔をしている。まるでその少年に吸い込まれるかのように、私は少年に見とれてしまっていた。
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