カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない


寝室を出たリュディガーは閉じた扉にもたれかかり、フゥッと大きく息を吐き出す。

そして、さっきまでふれていた新妻の柔肌の感触を消し去るように、自分の手を強く握り込んで考えた。あそこで欲情を抑えられた自分を褒めてやりたい、と。

まだ昂ぶった身体の熱は冷めていない。ずっと抱きたかった女を初めて閨に組み敷いたのだ、簡単に興奮が治まるはずがない。

モニカの潤んだアンバーの瞳が自分を見つめ、果実のような唇が恥ずかしそうに甘い息をこぼす姿を見たとき、リュディガーは自分が獣になってしまうのではないかと思った。

けれど、理性を忘れそうになったそのとき。モニカの瞳から宝石のような涙がひと粒こぼれ落ちた。
驚いているうちに涙の雫は次から次へと溢れ出し、ついに彼女は肩を揺らしてしゃくりあげ始めてしまう。

その泣き顔すらも扇情的に感じる雄の本能を留めたのは、愛する新妻に無理をさせたくないという想いだった。

モニカは少し臆病な性格だ。そんな彼女に初めての共寝で、愛し合うことは苦痛だという印象を与えたくない。日を改めるべきだと、リュディガーは判断した。

『泣いている女は抱けない。今夜は中止する』

そう告げてさっさとベッドから出なくては、昂ぶった欲望は振り払えなかっただろう。

本当はモニカが泣きやむまでそばにいてやりたかったが、それではなかなか身体の熱を冷ますことはできない。リュディガーは後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。

しかし薄暗くひんやりとした廊下に出たものの、彼はなかなか部屋の前から離れられずにいる。
未練がましい自分に自嘲の溜息を吐き、しばらく目を閉じて気分を落ち着かせてから、リュディガーは廊下の突き当たりにある部屋まで行きノックをした。

夜中にもかかわらず、扉はすぐに開きフロックコートにネクタイを結んだ従僕の男が顔を出す。

「寝室にいる皇后に温かい飲みものを運んでくれ。そうだな……蜂蜜を入れたものがいい」

リュディガーが命じると従僕は恭しく頭を下げ、すぐに準備へと取り掛かった。

――これで彼女の気持ちが休まるといいが。

夫婦の閨ではなく自分の寝室へと向かいながら、リュディガーはそう願った。

ベッドで悲しみに耐える妻が、温かい飲みものより夫に戻ってきてほしいと願っているなど、これっぽっちも気づかずに。
 
 
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