ハロー、カムアロングウィズミー!

『あっ、有坂君?!』

珍しく自宅で真依子とのんびりテレビを見ていた時だった。
テレビに映し出されていたのは“棋聖”という将棋のタイトル戦の結果だった。
有坂という若手の棋士が、三度目の防衛に成功したというニュース。
日本にどのくらいの将棋ファンがいるのかは知らないが、今日はよほど他に伝えるべきニュースがなかったのかとつい思ってしまう。

しかし、途中までは何となくテレビを眺めていた真依子が、和服姿で将棋盤を挟んで対峙する二人を食い入りように見つめた後に、不意に思いだしたように勝者の名前を呼んだのだ。
思わず画面を凝視すると、今回の防衛には成功したものの、前シーズン二冠であったタイトルの一つを失ったという有坂が、真剣な表情で淡々とインタビューに応えていた。

『えー、将棋続けてたんだ。タイトル獲ったってことは、プロなんだよね』

すごい、すごいと言いながら、スマートフォンですぐに有坂の名を検索したらしい。
その様子が気になって、俺は思わず真依子に問い掛けた。

『知り合いなのか?』
『うーん、知り合いというか…小学生の頃の同級生なんだけど…』

スマートフォンに視線は残したまま俺の問いに答える真依子が、嬉しそうに頬を緩める。話によると、有坂行直は真依子が通う小学校に転校生としてやってきたらしい。家の都合で再び半年ほどで引っ越してしまったクラスメイトのことを真依子が覚えていた理由は、将棋だったようだ。

「実はね、初めて私に将棋教えてくれたの、有坂君なの」

特技は将棋だと自己紹介した有坂に、クラスの男子たちは面白がって次々と勝負を挑んだ。結果は、もちろんのことながら有坂の圧勝。彼がとても楽しそうに、易々と勝利をおさめていくのを見て、将棋に興味が湧いた真依子は駒の動かし方やルールを初めて有坂から習ったのだという。

「そっか、あの有坂くんがね。プロになって有名になっちゃうなんて、すごいな」

嬉しそうに目を細める真依子を見て、自分の中に穏やかではない感情がムクムクとわき上がるのを感じる。

そんな、馬鹿な。
いくら何でもそれはないだろうと、その感情を慌てて打ち消した。

「子どもだったとは言え一流棋士に教わったのなら、もう少し上達していても良さそうなものだが?」

消し去った感情の代わりに、久しぶりに真依子を挑発した。

「なっ……!今度こそ、絶対に参りましたって言わせるんだから」
「ははっ、楽しみだな」

共通の趣味に将棋を掲げて以来、真依子とはたまに二人で対局することがある。
五分五分の勝負だが、このところは俺の方が優勢だ。

「今に見てなさいよ!」

大きな瞳をまっすぐ俺に向けて、威勢良く勝負を挑んでくる真依子に密かに安堵したことは、もちろん俺だけの秘密で。
ましてや、たった一時真依子が話題に出しただけの男に、みっともなく嫉妬したことなど、口が裂けても言えない。
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