眠れぬ王子の恋する場所


翌日出社すると、珍しく吉井さんの姿が既にあった。

社長が出社済なのはいつものことだとしても、吉井さんが私より早いなんて今まで一度もなかった。

だから驚きながら挨拶をすると、機嫌悪そうな顔で見られてしまった。

「……挨拶しただけでケンカ売ったわけではないんですけど」
「わかってるし、佐和さんを恨めしく思うのが八つ当たりだっていうのもわかってるんだけど」

そう前置きした吉井さんがギッと睨むようにして言う。

珍しい顔つきだ。
精気のなさはいつも通りだから、残念ながらまったく怖くはないけれど。

「それでも言わせて欲しい。佐和さんのせいで俺は昨日ひどい目に遭った」
「もっと言えば、佐和が久遠のところに行ってるせいでってことだな。そのせいで、バイトの石坂を雇う流れになったわけだし」

社長の補足に、ああそういうことか……と思う。

吉井さんとは違って、明るい声で社長が続ける。

「俺も、面接したときからどうかとは思ってたけどな。あれは想像以上だった」

他人事みたいに笑う社長に「誰のせいですか」と吉井さんが静かに言う。

「まぁ、100パー俺のせいだな」
「〝超ウケるー〟」

吉井さんの、無表情で棒読みされた『超ウケるー』という台詞に驚いて、なにかと思っていると、社長が「それ、昨日、石坂が連発してたやつ」と補足する。

なんだかよくわからないけれど……とりあえず、新しいバイトの石坂さんは、吉井さんをここまで追い詰める性格で、口癖は〝超ウケる〟らしい。

椅子を引き座ったところで、吉井さんは「はぁああ……」と重たい重たいため息をついた。



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