マーメイドはホテル王子に恋をする?!
不適切な比喩表現に吹き出しかけた主任は、声を出して笑いだすのを必死に食い止めて、「直ぐに行く」と電話を切った。

私はその応えを伝えにさっきのハリウッドスターの元へ急ぐ。
ラウンジへは数段の階段を下りれば直ぐに着き、窓辺に沿った客席の一つに彼と付き人が座っているのが見えた。




「お客様」


名前も名乗らなかったから、取り敢えずそう呼んだ。
黒い革張りの椅子に深く腰掛け、長い足を組んでいた彼は、サングラスの奥にある眼差しを海から私の方に向け直した。


「大川は間もなく参りますので、もう少々お待ち下さい」


社長室で実務をしているのだからエレベーターと徒歩でなら三分もしないうちに戻って来るだろう。

男性は「ふん」と不満そうな声を漏らし、また海の方に視線を向け直す。

私はその鼻息の様な返事が気に入らず、(何よ、この人)と思いながら、ラウンジの席を離れようとした。




「マーメイドちゃん!」


大川主任の声がして、フロントの方を見遣った。


「主任、こっちです」


そう声を発すると、背中の方から呟くような言葉が聞こえた。


「マーメイド?」


ギクッとして振り返ると、口を小さく開けた男性がこっちを見ている。
カァ…と熱くなる顔を隠すようにして、慌ててその場を離れた。


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