あなたが生きるわたしの明日
「一はあれよね? お母さんとかともだちに会いに行っちゃだめって、そういうことだよね?」

「ええ。これ、気を付けてくださいね。一を破っちゃう人、すっごく多いって先輩から聞いたことがあるので」

「多いんだ。っていうか、先輩とかいるんだ」

「そりゃ先輩もいますよ。先輩がいて上司がいて同僚がいてさらにお客様がいて、会社は成り立っているんです。藤木様、会社をなんだと思っているのですか」

もちろん、私が言いたかったのは、『死神にも先輩がいるのか』っていうことだったのだけど、なんだか面倒臭くなって、はいはいと受け流す。

「電話や手紙、メールなども禁止されていますので、ご注意ください」

「どうしてそこまで禁止してるの?」

「この世に未練があるわけでしょう? そういう方は残された家族や友達に伝えたいことがあるんですよね。でも、それを実際にやってしまうとどうでしょう。霊界だとか死後の世界だとか魂だとか、そういうものはみんな実は心のどこかであると思っています。でも、それが実際にあるとわかれば人間はパニックに陥ってしまう。そういうのはあるかないかあやふやなままでいる方がいいのです」

サトルはさっきから私が家族に会いに行こうとしてると思い込んでいるみたいだけど、私にはそんな気はなかった。

伝えたいことなど、特に思い浮かばない。

家族のことが嫌いだったわけでは決してない。
普通に仲のいい家族だったと思うし、私が死んでしまってきっとそれなりに悲しんではいると思う。

だけど、私と妹、もし二人が溺れていてひとりしか助けることができないとしたら、お父さんとお母さんは迷わず妹を選ぶと思う。

どこでどう間違えたのか、きっと私はお母さんのお腹の中に『良いところ』をすべて置いてきて産まれてしまったのだ。

そして、その私の『良いところ』と、自分の分の『良いところ』を持って産まれて来たのが妹。
娘をひとり亡くした、と言ってもそれが私が妹かでダメージの大きさはまったくちがうのだ。

「もし会いに行って 、一瞬でも関係者と接触すれば、その時点で藤木様の権利は剥奪されて即天国行きになりますからね。先ほど聞いたご希望も叶えることはできません。それがこの三の部分に当たるわけですが」

即天国行き。
嫌な言葉だ。

「なんという顔ですか」

サトルに言われて、無意識にしかめ面をしていたことに気付いた。
思っていることがすぐに顔に出ちゃうのが私のいいところでもあり、悪いところでもあるのだ。

「他になにかお聞きになりたいことは?」

そうねえと私は腕を組んで天井に目をやる。
首の筋が伸びて気持ちいい、はずが悲しいことになにも感じない。

「そのさぁ、憑依される人って選べるの? できれば私モデルさんとかになりたいんだけど。読モでもいいし」

大好きなモデルを思い浮かべながら尋ねる。
あれだけ足が長くて細くて美人だったら、周りの人にちやほやされるしイケメンの友達もたくさんいるだろうし、きっと毎日が楽しいに違いない。

それにもしかしたら、level7のメンバーとも仲良くなれるかもしれないし。

っていうか、むしろlevel7のマネージャーとかに憑依するとか!
どうせなら、三十日間『おいしい人生』を私は送りたい。



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