あなたが生きるわたしの明日
「失礼しまぁす……」

相変わらず、企画部というところはみんな忙しそうで、そしてまぶしい。

ラベルライタ―を抱えて誰に話しかけようかと見回すと、ちょうどこの前、ラベルライターを貸してくれた人がデスクに座っているのが見えた。

目が合うと「あ、お疲れ様です」と向こうから話しかけてくれる。

その人のデスクまで歩いていくと「これ、返しに来ました」とラベルライターを見せた。

「もう、いいんですか?」

「はい、終わったので」

言いながらデスクの上にラベルライターを置こうとしたとき、パソコンの画面が目に入った。

「あの……これって」

「え? あ、これですか? 社内コンペの企画書作ってて」

おおお、と思わず声が出てしまった。
書類整理課に救世主が現れた。
ひざまづきたくなる気持ちをなんとか堪える。

「お願いがあるんです!」

「へっ!?」と男の人は間の抜けた声を出す。

「書類整理課も社内コンペに応募しようと思ってて……あの、企画書の聞き方、教えてくれません?」

男の人は目をパチパチさせて「えええ?」とゆっくり首をかしげた。

「だめですか? 忙しい?」

「いや……」

「じゃあいいですか!?」

「え……なんでですか? 主任、俺になんか聞かなくても企画書なんていくらでも書いてたじゃないですか!?」

「あ……ほら、社内コンペはさ、ね?」

「社内コンペだろうがなんだろうが書いてたじゃないですか!」

この人にはこの言い訳は通じない……。
ならば、と私は悲しそうな顔をしてみる。

「……書類整理課に左遷されちゃったショックで、なんか調子が出なくって。しばらく企画書も書いてないから忘れちゃったっていうか……完全に忘れたら訳じゃないけど、自信がないっていうか、まぁそんなとこ」

「……はぁ」

男の人はわかったようなわかってないような返事をする。

「そんなわけだからお願いします」

とどめの一撃とばかりに、ぺこりとお辞儀をすると、男の人は不思議そうな顔をしながらも「……はい」と返事をしてくれた。

少々、無理やりだった気もするけど、教えてくれる人が見つかってほっと胸を撫で下ろす。
これで、大手を振って書類整理課に帰れるというものだ。

「今、教えてくれます?」

二週間しか期限が残されていないのだ。なるべく早く取りかかりたくてそう尋ねてみると、男の人は「うーん」と眉にしわを寄せる。

「ええと、今日はちょっと仕事が立て込んでて……仕事終わりでもいいですか?」

書類整理課は暇だけど、こっちの世界の人が忙しそうなのをすっかり忘れていた。

「もちろんです」

でもなるべく早く仕事おわらせてね、と心の中で思いながら、私はにっこり微笑む。
男の人の首から下がっている社員証を見ると、そこには『森下優希(もりしたゆうき)』と書かれていた。
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