God bless you!
〝最高の笑顔〟
何か言えよ。
帰れとか、あっち行けとか。
沈黙が長引くほどに、こっちがイライラしてくる。いつかのように、何かを待たされているような。
「おまえ家遠いんだろ、とっとと帰れよ」
それはまるで自分自身に言い聞かせている気がして、ひどく自虐的だ。
その時、にゃあー!と鳴った。右川はリュックをごそごそとやり始め、スマホを取り出すと、「アキちゃん?どこに居んの?もお!早く帰ってきてよぉ~。怖ぁーい」と甘えた声を出す。
「え?あたし?無理無理。無駄に遅くなるもん。今日も泊まるからね♪」
ニコニコと笑いながらスマホを閉じた。声が途切れるとテレビの音が一段と大きくなった気がする。またしても待たされているような感覚が襲ってきた。
そのうち、お墓、阿木キヨリ、どれを追及してやろうかとルーレットのごとく、頭の中で回り始める。従兄弟との電話のやりとりも気になった。今日も泊まるって、一体、どんだけ泊まってんだ?
さらに、前からずっと気になっている店の片隅、トイレットペーパーの山。これどう見ても学校の備品だろ。はっきり泥棒じゃないか!生徒会執行部として黙っていられないぞ。今は見逃してやるから、とりあえず俺のスマホどうにかしろ。弁償しろ。土下座しろ。ギョウザ出せ。意外性を突いて、中間テストに掛ける意気込みとか対策とか。いちいち心配してやるなんて、そんな必要どこにもないんだけど……だったら、だから、頼むから、さっさと立ち去れ。俺!
「あ、始まった♪」
右川は俺に背中を向けたまま、「くりぃむしちゅーだ!」と大喜びでテレビの画面にカブりついた。
くりぃむしちゅーはお笑い芸人……なのに何故、鳴る?俺の腹は。それが結構大きな音だったにも関わらず、右川には全く聞こえていない様子だった。テレビの音量をさらにボリュームアップして、俺なんかすっかり忘れ去った態度で画面を見て笑っている。
「俺、もう行くけどさ」
それでも右川の反応は無く、やっぱりテレビに夢中だった。俺は時間を持て余して、普段やらないようなポケットに手を突っ込んだりとかもして……すると、いつか預かったままの小銭が入れっ放しになっている事に気付いた。
「あ、500円。返すってさ、おまえに」
右川はピクリともしなかった。これじゃまるで、俺が右川の気を引こうとするがあまり、わざわざ金を持ち出したみたいに見えるじゃないか。自分にムカつく。500円はポケットにしまった。奪っておくゾ。
何を言えばいいのか。また、耐えがたい沈黙が襲ってくる。
「おい」
聞こえたはずだ。
だが右川は俺に背中を向けたまま無反応である。とうとう無視か。その時、右川がゆっくりと振り返った。決して俺の声に反応した訳ではない。その証拠に、薄っすらと目が笑っているのだ。
「あれ?まだいたの。地味にしつこいんですけど」
それだけ言うと、笑い混じりのまま、くるりとまたテレビに戻ってしまった。芸人のボケに相方の強烈な突っ込みが決まるまでの間、中途半端な間がある。右川は、それを待ち受けて、「うお!ツボったっ。最高!にゃははは」と、手を叩いて大笑い。
こっちは低い溜め息をついた。
俺にとっての沈黙は、右川にとってそうではない。俺という人間は最初から〝無〟なのだ。沈黙でも閑話休題でもない。単なる〝無〟。オバケのように怖がられる事の方がマシである。こっちが一方的に対抗心を燃やしているだけ。結局、右川は、俺なんかどうでもいいのだ。
俺は、テレビに夢中のチビに向かって、静かに、背後から近づいた。
すぐ後ろに立った俺に気付く様子はない。右川は微妙に跳ねた髪の毛を気にして、しきりと引っ張っている。
立っている俺と、座っている右川との格差は歴然とあった。こんなチビに負けるわけがない。いつかの試合のような、勝てる予感に満ちてきた。
いつかの頭突きと足蹴りのお返しに、その頭を鷲掴みにして地べたに転がしてやる。これで本当に最後だ。
毛玉オンナ。
頭空っぽ。
くそチビ。
どれを言っても、右川はピクリともしなかった。ちょうど嵐が出てきたから、なのか。その目はテレビに釘付けだ。山Pじゃないのか。結局どっちなんだ。浮気女め。
「あ、山下……」
ダメ元で発したこの言葉に、何故か右川は敏感に反応して、弾かれるように、こっちを振り返った。テレビを見て笑っていた、単なるその延長かもしれない。
それでも俺は動揺を隠せない。
それは沈黙ではなかった。いつもの不機嫌そうな憎々しい顔でもない。
俺の真下にあるのは、あの日、薄暗い墓場で従兄弟に向けられていた表情そのまま。
〝最高の笑顔〟



悲鳴をあげて、右川は椅子から転げ落ちた。
コアラもオレオも箱ごと袋ごと、一緒に弾けてそこらじゅうに散らばる。
右川の、こんな顔は初めて見た。それこそ幽霊でも見たような顔だった。
転がった瞬間、不様にパンツが丸見えで……それは、いつかのようなカエル色ではない。
無駄に勝負を賭けた生パンツを、無理矢理うっかり、俺は見せられたのだ。
「彼女居るくせに何考えてんの!ゲス野郎!学校辞めろ!あんたなんか死ね!」
思いがけず、ギョウザも微かに味わう事が出来た。俺の方は平気だったが、右川の口元には血を見る。勢いで歯が当たったのかもしれない。
「何ニヤついてんの!?殺す!あんたは絶対殺すからっ!」
クズ!
ゴミ!
変態!
罵声祭り。こっちは無抵抗のまま、いつかのようにそこら辺の雑誌やらゴミやらを、次々と投げつけられた。右川は涙目で大暴れ。俺は再び足蹴りを喰らい、その場に倒され、けちょんけちょんで罵詈雑言を浴び続ける。それでも笑いが止まらないのは、俺の方だった。
ざまみろ!
これから巻き起こるであろう不幸の連鎖を予感しつつ、今は一時の勝利に酔う。
YOU WIN。
俺は、勝ったぞ。



<Fin>
※最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
※続編、近々UPします。どうぞ、よろしくお願いします。
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