愛も罪も
 
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 気分は最悪だった。

 考えなければならない事で頭がいっぱいで、他の事を考える心の余裕は無かった。いっその事学校を休んで、その事だけに集中していたかった。だが当然そういう訳にもいかず、理奈は受験生で、受験生には出席日数というものが成績の次に大事で、逃げ出したくても逃げ出せ無い現実がそこにあった。それと比べたら運命の赤い糸とは、なんて現実からかけ離れた言葉なのだろう。

 嫌がる足を引き摺る様にして、何時もの通学路を力無く歩いていると、後ろから声を掛けられる。

「理奈、おはよう!」

 元気だけが取り柄だと言わんばかりの笑顔で少年が立っている。

 力強い眉毛。眠そうな二重瞼に長い睫毛。キラキラと輝く瞳。笑うと愛嬌のある八重歯が左右から覗く。ワックスをつけたパサパサの短い髪。身長は167センチと低く、女子にはあまり男を意識させずに、親しみを感じさせるタイプだ。

 佐藤悠(さとうはるか)。理奈の近所に住んでいて同じ学校に通う、一つ年下の幼馴染だ。

「何? 元気無いじゃん」


 あぁ、ハルには悩みなんて無いんだろうな。もしあるとすれば、今日の昼はどんなパンを食べようかなんて、きっとくだらない事に違いない。昨日まではあたしもその類に近かったのに…。


 悩みの無い日々を愛おしむ理奈だった。

 そんな理奈の心情には気づく筈も無く、悠は屈託の無い笑顔で理奈を覗き込む。

「どうせ、今日の昼メシは何を食おうか、とか考えてたんだろ?」


 それは、おまえだろうがっ!


 このデリカシーの欠片も無い男に悩みを打ち明けたところで、何の解決の糸口も見つからないだろうが、打ち明けた事によって気が楽になるかもしれないと、藁をも掴む思いで昨夜の出来事を悠に話してみた。



             ❋   ✴   ✷



「理奈がSF好きだったとはね。映画の観過ぎだな」

 理奈が昨夜の出来事を話して、悠の最初の一言がこれだった。悠は呆れた様に口元に微笑を含み、微量の冷たい視線を送る。

 そんな悠の態度に、理奈は顕に感情を顔に出し、悠を無視して足早に歩き出した。

「…………」

 やはり話すだけ無駄だった。気が楽になるどころか、悠の無神経な態度に気分を害す。

 一方、悠には時々判らない事がある。それは急に理奈の機嫌が悪くなる事だ。何が原因か判らないが、普段普通に二人で会話をしている最中に、突然それは起こるのだ。それに気づき、なんとか機嫌を直して貰おうと、他愛も無い会話で修復に励む。そして今も、そうしなければならない事に気づいた。

 悠は焦る事も無く、慣れた調子で修復に取り掛かる。

「ああいうのって相手に会った瞬間に、この人が運命の人だ!って、判んのかな?」

「……………?」

「理奈は赤い糸を信じるわけ?」

「……………」

 悠に言われて、改めて考えてみる。

 
 いつかは運命的な出逢いがあって、その人と結婚するんじゃないかと漠然と思っていたけど、こういう形で二人いるからどちらか選べと言われてもなぁ……。


「ハルならどうする?」

「うーん、難しいな…」

 そう言って、空を見据えて、手を軽く握り口元へ持って行く。悠が考え事をする時の、お決まりのポーズだ。そして、少ししてから答えを出す。

「可愛い方」

 と、真顔で答えた。

「もう、いいよっ!」

 理奈は真面目に話していた自分が悔しくて、悠を置いて再び歩き出す。

「なんだよ?」

「そういう事じゃないでしょ! 例えば気が合うとか、一緒にいて楽しいとか、そういうのがどうなのかって、そういう事を聞きたかったのに…カワイイとかなんとかそういう事じゃなくてね…赤い糸なんだよ、大事な将来かかってんだよ、ていうか、赤い糸だから外見なんか判んないんだよ…何言ってんのよ、全くデリカシー無いよ…少しはあたしの気持ちも判ってよ…どうしてそうダメなのかね、ハルは小さい頃からそうよ、てか、女の子の気持ち全然判って無いよ……」

 理奈の不満は止まらない。悠を置いて足早に歩きながらブツブツと永遠に文句を言っている。

 そんな理奈を追いかけて、悠も負けじと自分の意見を言って述べる。

「バカ! 何言ってんだよ」

 
 バカだとおぉぉーーー‼‼


 悠の言葉に振り返って、眉間に皺を寄せて目をつり上がらせる。だが、構わず悠は手振りをつけながら話しを続けた。

「目の前に段ボールの箱と宝石が散りばめられた宝石箱、同じ大きさで2つ並んでたらどっちの箱を開けて中を見る?」

「………」

「宝石箱だろ? つまりはそういう事だよ。外見は大事って事だ」

「………」

 理奈は眉根を寄せて口を歪ませ、何とも言えない表情をした。

「そうかもしれないけど、でも違う! そうじゃなくて…そこじゃなくて…」

 自分の思いが伝わらない事に苛立ち、理奈は一人で勝手に歩いて行く。

 機嫌を損ねた理奈の背中を見て、悠は大きく鼻から息を吐いた。

 理奈の後ろを着いて行きながら悠は声をかける。

「でもさ、突然現れたって事は、今までと何か変わったって事だろ? 何か思い当たる節はないわけ?」


 ん?


 足を止め、悠の言った言葉を脳に送り込む。

「ハル頭良いよ! そこを考えればいいんだよね!」

 運命の人に、もう既に会っている?

 理奈の表情が一気に明るくなる。藁も掴んでみるもんだと諺に感謝し、そして藁にも感謝の意を込めて、その肩に手を置いて力強く掴んだ。

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