御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~

ひとり部屋に取り残された早穂子は、助かったと思う気持ちと、もう二度とこんな機会は訪れないかもしれないという気持ちの間で、揺れていた。

いや、本当はこうやって東京に戻って来てからもずっと、うじうじと思い悩んでいる時点で、自分の気持ちがどちらに傾いているかなんて、明白なのだ。

自分は山邑始というひとりの男性を愛していて……そして彼の心の内側に踏み込みたいと思っている。
彼とこういう関係になってからずっと、一線を引いてきたその向こう、始が他人に隠している柔らかい部分に触れたいと思っている。

(だって、あんなに人に気遣ってばかりの人が、自分は癒せないなんて……悲しいじゃない……)

早穂子はパソコンのキーボードの上で指を滑らせながら、唇をかみしめた。

だがどうやって始の心の内側に入り込めばいいのだろう。
彼は恐ろしく聡い男だ。
人の心を読んで、どう言ってほしいか、どう振舞うのが正解なのかを予測して行動に移す。

だから早穂子が浅知恵でぶつかったところで、始は結局、早穂子が欲しい言葉を先回りして、早穂子を安心させる言葉を選ぶに違いない。

結局、同じことの繰り返しなのだ。

始は決して自分の心の奥をさらけ出してくれない。

(それじゃ、意味がないのに……)

自分には、彼の心を動かすことは無理なのだろうか。

旅行から帰ってきて、早穂子はそのことばかり考えていた。


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