御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~
その瞬間、出入り口の自動ドアで、ドキッとするほど美しい女性とすれ違った。
(今のは……)
おそらく一流ブランドのものに違いない、仕立てのいい黒のパンツスーツに身を包んだ彼女は、颯爽とエントランスに足を踏み入れながら、手に持っていたスマホに向かって、
「お待たせ、着いたわよ」
と、しっとりとした声で口にした。
「あ……」
見間違うはずがない。深町涼音だ。
思わず早穂子の唇から声が漏れたが、彼女は何事もなかったかのように通り過ぎていく。
(気づかなかった……?)
気づいたのなら、たとえ電話中でもなにかしらの合図を送ってよこすだろう。。
やはり早穂子だとはわからなかったのかもしれない。
「今の人、すごい美人だったね……」
早穂子が振り返ったまま動かないのを見て、ゆずが軽く振り返りながらつぶやいた。
「うん……そうだね」
早穂子はじっと涼音の後姿を見つめる。
胸の内で響く心臓の音が次第に強くなる。
これ以上、見てはいけない――。
早穂子の勘がそう告げるのに、目が離せない。
視線で彼女を追いかけてしまう。
エレベーターの前の始がスマホを降ろして、涼音に向かって軽く手を上げた。