風薫る
「じゃあ俺、こっちだから」


私がいつもは真っ直ぐ進む分かれ道で、黒瀬君が私はいつも行かない方を指差した。


「うん」

「また明日、木戸さん」

「また明日ね、黒瀬君」


手を振って、別れてから気づいた。


見上げた夜空も周りを包む暗闇も、この時間だけは、全てが黒に染まる。


……夜もだ。


夜は、……黒瀬君の、色だ。


黒はたくさん溢れている。いつだって大抵黒がある。


一人で帰るのはどうしてか苦手で、暗くならないうちにできるだけ帰るようにしていて。


どうしても回避できなかったときは好きな本のことをずっと必死で考えて、楽しいもので頭を埋めて、余計なことは考えないように、早足で迫る静けさから逃げ帰った。


でも。


「……黒だなあ」


苦手な暗さも、黒瀬君が真っ先に浮かぶならきっと怖くない。


大事にしようと思った。


優しい微笑みをいつも思い浮かべよう。大事にしよう。


黒瀬君が教えてくれたことを、黒瀬君の微笑みを、黒瀬君の優しさを。


一つずつ思い浮かべてなぞるなら、きっと暗い帰り道も乗り切れるだろう。


黒瀬君がくれた無意識の贈り物は、とても大切で、恥ずかしいから伝わらなくていいけれど、とても素敵だった。
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