いてくれて、ありがとう
side B
僕のものにしたかった。

会社の違う部署で働く志保を良いなと思い始めたのは必然だったかもしれない。

家屋やビルに取り付ける配管を手配する大きいとはいえない会社で志保は経理として就職して来た。中規模企業であったこともあって、僕らの会社の若手社員は仲がいい。休日には一緒にハイキングに行ったり、皆で飲んだり、BBQをするなんてこともよくあった。

それなりに女性社員も多い会社であったが、志保を含めて5人ほど。その中で志保は気が優しくて真っすぐで、誰とでも仲良くできる、好き嫌いの少ない女だった。

ちょっとした仕草や言葉は、決して完璧ではなく、おっちょこちょいなところもある志保には、抜けたところも多かったが、いつしかそれも僕に取っては「かわいい」一面に見えるようになっていた。

そんな志保は見た目もそこそこ。オシャレにはあまり興味がなさそうだが、清楚なフレアスカートをはかせ、シフォンのブラウスでも着せて、きれいに化粧してやれば、きっとかわいくなると思った。

ただ、志保には別の会社に彼氏がいるらしい。先日の飲み会では就職したての彼氏は忙しいらしくなかなか会えないことをぼやいていた。志保の話から察するに、彼氏も人のいい奴らしい。おそらくは付き合いの良い奴で、会社での誘いを断れない、そんなところだろうと僕は思った。

僕も今年でアラサーも中盤を迎えた。そろそろ彼女も欲しければ結婚も視野に入れたい。3つ下の志保は素直でかわいらしく、こんな人を奥さんにできたらいいのかもしれない、とそう思うようになっていった。

それでも、時に幸せそうに彼氏の話題をだす志保にアプローチをかけていいものか、躊躇はしていたのだ。だが、志保はまだ婚約しているわけではない。それに良い女を彼女にしておいたのなら、決して誰にも取られないようにちゃんと見張っておくのが男の勤めなんじゃないのか?それを怠って、横からかっさらわれても、それは本人責任でしかないだろう。

そうして、志保ののろけ話を聞いては小さな嫉妬をもやし、悶々とする日々の中、志保が彼氏ともめているらしい話を耳にした。

そのまま別れちまえ、と思った僕は、すかさず志保の相談係に立候補をする。ちょっとした仕事の用事に始まった会話を、終わってしまわないようにうまくつなげ、2日に1日程度にはLineで言葉を交わす仲になる。彼氏のことをけなさないように、それでいて志保のことを、思い切り女性扱いをする。彼氏が志保の存在が当たり前になって志保にしなくなったことを、僕が代わりにしてあげるのだ。

結局、志保はそのあと一ヶ月ほどして彼氏とわかれた。傷心の志保に告白をして一気に自分のものにしてしまおうと思ったが、志保は彼氏を切ると同時に僕を含め、会社の男性たち全体にも少し距離を取るようになってしまった。男性が信じられないというやつだろうか。だが寂しいから、会社の若手の集まりには必ず顔をだす。誰かと二人でというよりは大勢でわいわいすることで癒される時期というやつなのかもしれない。

だけど僕は志保の性格を知っている。優しいともいえるが、少し優柔不断ともいえる性格。そして正しいことを曲げられない性格。他人には誠実に向き合わなければならないと思っている志保が、僕が志保を気遣って送るlineを無視し続けることができないのはわかっていた。僕が気遣って志保を食事に誘ったり、駅まで一緒に帰ったりすることを無下にできないこともわかっていた。

返事はいいからと一言添えて、僕は志保を励ます言葉を毎日送った。
冗談めかして、僕にしたら?僕ならずっと大事にするよ、と言ったこともある。

3ヶ月かけて、少しずつ態度が柔らかくなっていった志保を二人きりの紅葉狩りに誘い、僕は志保を自分の彼女にした。

しばらくは楽しい日が続いた。失恋の痛手を負っていた志保には僕が必要だった。僕を見てくれる志保がこの上なく愛おしかった。

いてくれて、ありがとう。

と僕は志保に言った。心からの気持ちだった。

しかし、時が流れれば、状況に慣れてしまう。癒されてしまう。志保が普段の志保を取り戻した頃には志保は仕事にもやりがいを求め、時間と労力を費やすようになってしまった。

削られていく、二人の時間。
男と二人きりで残って、終電まで残業する生活。男と女が一緒にいて、何も思わないわけがない。

夜中に帰ってくる志保をとにかく、思いのまま抱いた。体を重ねていなければ不安で仕方なかったのだ。

だが、やがて口論が多くなっていく。どうして、目の前の自分ではなく、仕事に、他の男に、外に目を向けるんだ。僕がどんなに言っても、最後は自分の思いを貫く志保。僕の気持ちを考えない志保はあまりにも身勝手だ。どうして、目の前の僕の気持ちがわからない。僕たちは同じ想いじゃなかったのか。

身勝手な志保は僕の側を去っていった。耐えられない、なんて勝手な理由を僕に投げつけて。耐えられないのは僕の方だ。

話し合いも何もあったものじゃなかった。志保は一人で僕を過去の人にしてしまった。僕は、それに従うほかなかった。

結局、僕の気持ちなんて考えず、歩みよりもせずに、志保は自分勝手に僕らの関係に終止符をうった。

職場で時折、彼女をみかける。でも、もう僕には関係ない。
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