だから俺様は恋を歌う
第十四話 用があるならお前が来い
 あれでもないこれでもないと衣装を当ててみながら、はしゃぐ女子たち。
 それに対して「おい、そんなことよりこっちの看板塗ってくれって」などと声をかける男子たち。
 でも、「ねぇ、どっちが好き?」なんて女子たちに尋ねられれば、作業をしていた男子たちも衣装のかかったハンガーラックのほうへ吸い寄せられていってしまうのだ。
 この光景を見るのは何回目だろう。
 早よ作業進めなさいよ! と言いたい。

 もうすぐ文化祭で、今はその準備の真っ最中。
 文化祭一週間前から六限が準備の時間として割り当てられていて、それに放課後も合わせて当日までに準備を完了する予定だ。でも、この調子ではどうだろうか。間に合う気がまったくしない。
 うちのクラスはコスプレ写真館をする。中学時代のセーラー服や個人的に持っているパーティー衣装、果ては誰かが知り合いのレイヤーさんに借りてきたという気合の入った衣装まで集めて、貸し出し衣装はそれなりの数になった。
 二百円で一着衣装を貸し出してポラロイドで撮影する、というサービスをする予定で、今はその看板と更衣室としてのスペースを作成中だ。
 ……全然進んでいないけれど。
 文化祭の準備といえば、あれだ。
 普段なかなか会話をする機会がないクラスメイトとも気軽に話せる雰囲気になるため、盛り上がるのだ。特に男女が。
 教室の至る所で共同作業という名のコンパが開催され、キャッキャウフフの甘酸っぱいお祭り騒ぎである。
 まあ、クラスメイトとの交流をはかるのも文化祭の大切な目的ではあると思うけれど。

「姫ちゃん、うまいねー。さすが漫研」
「すごいねー」
「あ、ありがとう」

 私に割り振られたのはポスターとチラシのイラストで、教室の隅で邪魔にならないように作業していた。
 でも、手持ち無沙汰な子たちが定期的にやってきてはこうして声をかけてくる。みんなフレンドリーだからいいのだけれど。

「本当、うまいな。将来はプロ目指すの?」
「え?」

 そんなふうに声をかけてきたのは、クラスの人気者の長谷川くんで、私も周りの女の子もびっくりしてしまった。
 そういえば、初めて話すかもしれない。もう二学期も半分過ぎたというのに。

「ううん。私は趣味で描けたらいいかなって。将来は安定した職につきたい」

 じゃないと二次元に注ぎ込むお金を得られない、という言葉は飲み込んで私はそう言った。

「ふーん。地に足つけて、しっかり将来のこと考えてるんだなー。でも、うまいからもったいないな」

 ただ気まぐれに声をかけただけだろうと思っていたのに、長谷川くんは立ち去る気配がない。しげしげと私の手元を覗き込んでいる。そんなに見てたら描きにくいでしょ! と言いたいけれど、相手は人気者だからさすがに言えない。

「そういえば、涼介が歌ってる動画見た。あの曲、姫川さんが作ってるんだろ?」

 キラキラの笑顔を浮かべて、長谷川くんがそんなことを聞いてきた。あんまり長いこと話したくないのだけれど、流せない話題をふってきた気がする。

「うん」
「すげぇな。絵もうまいし、曲も作れるんだな」
「そんなことないよ……」

 私は内心「えー」と思った。北大路の動画がこうして学校の人にバレるのは時間の問題だと思っていたけれど、私の曲だってことも一緒にバレてしまうのか。
 北大路のことを下の名前で呼ぶということは、二人は仲がいいのだろうか。イケメンはイケメンに通ずる、ということなのかもしれない。

「俺も歌ってみようかなー?」
「いいと思う! 長谷川くんが歌ったら人気出るよ!」
「だね! 聴きたい!」

 人気者・長谷川くんは、周囲に着実に女子を集めてきたのをいいことに、突然の『歌ってみた』やりたい宣言。女子からの反応も計算済みでの発言でしょこれ、と言いたくなる。
 ダイ○ンも驚きの吸引力で女子を自分の周囲に集めながら、長谷川くんは可愛い笑顔を振りまく。
 和犬を思わせる甘い顔立ちと、オタクの私にも平等に接してくれるそのフレンドリーさが良いなと思っていたけれど、こうして観察するとムズムズしてきた。
 何というか、同じイケメンでも北大路とは決定的にタイプが違う。北大路は自分の容姿に自信を持っているし、それを全面に押し出しているけれど、褒めてほしいとかチヤホヤしてほしいというのは感じないわ、でも、長谷川くんは褒められたい・チヤホヤしてほしい、その上一番になりたいというのがひしひしと感じられるのだ。

「ねぇ、俺が歌ったら人気出るって姫川さんも思う?」

 長谷川くんは小首を傾げて、きゅるんとした表情を私に向けた。
(やっぱり、確信犯だよね)
 気づいたら途端にムズムズが強まって、私は拳が疼くのをグッと堪えた。

「うん、すっごく人気者になれると思うよー」
「やった☆」

 私の答えを聞いてキラッキラの笑顔でガッツポーズをする長谷川くんに拳の疼きを抑える自信のなくなった私は、北大路(殴れるイケメン)を探したけれど、どこか別の場所で作業をしているらしく見つからなかった。全く、肝心なときに近くにいないなんて。


「楓、進んだ? チラシはできたら印刷して、手の空いた子たちで色塗りしちゃうからね」

 長谷川くんが女子たちを引き連れて去っていったのを見ていたのか、葉月がやってきた。傍らには恵麻ちゃんもいる。たぶん、今まで近づきたくても近づけなかったのだろう。

「ペン入れ終わったから、消しゴムかけたら出来上がりだよ。……いや、参った。何かいっぱい話しかけられて作業なかなか進まなくて」

 私が愚痴るのを二人は微笑みでもって受け止める。

「あのあと何事もなくて良かった。……クラスの子たちも白川さんたちのこと手放しで受け入れてるわけじゃないってことだね」

 恵麻ちゃんは、チラッと教室の一角に目をやって言った。白川グループが作業をしている。真面目だ。一番必死になって男子と戯れたがりそうなのに。

「いや、白川さんたちがおとなしくなったのって、たぶん夏海のおかげだよ。あの子の『保健室の悪魔』の名前は伊達じゃないってことだね」
「保健室の悪魔?」

 夏海というのはサナの名前だ。漫研では真田という苗字からサナというあだ名がついているけれど、本当は夏海という可愛い名前がある。それにしても保健室の悪魔って、何て物騒な異名なのだろう。

「白川さんとか、クラスで幅きかせてる子たちって、保健室の先生に恋愛相談しに行ったり、失恋したとき泣きに行ったりするらしいんだけど、そんな、人に見られたくない現場に不思議と居合わせるから、夏海は悪魔って言われてるみたい。……あの子たまに気分悪いって言って保健室に休みに行くけど、そういった情報を集めるのが主な目的なんじゃないかと思うわ」
「わお……」

 面白そうに葉月は言うけれど、私はサナにそんな顔があったのかと驚いていた。おっとりゆるふわな子だとばかり思っていたけれど、なかなかどうして黒い。
 だって、保健室で安心しきって人に聞かせられないあれやこれやを養護の先生に話していたら、ベッドを仕切るカーテンがシャっと開いて、「話は聞かせてもらった!」とばかりにサナがあの柔らかな笑顔を浮かべて現れるんでしょ? それって恐怖体験だ。

「それで、たぶん白川グループは全員何かしら夏海に握られてるんじゃないかな、と。……何で敵作るような生き方してるのに脇が甘いんだろうね」
「本当だね。でも、甘くて良かった……」

 私は、廊下で看板に絵を描いているサナにそっと手を合わせた。サナが悪魔だったおかげで、私の平和は守られているわけだから。今度あの子が好きそうなBL本を一冊お供えしよう。

「それにしても楓は、北大路くんに追いかけ回されたり長谷川くんにああして声かけられたり、大変だね。二次元にしか興味ないっていうのに」

 下書きの鉛筆を消すのを手伝ってくれながら葉月が言う。友達だから当たり前かもしれないけれど、間違っても「羨ましい」とか「ズルイ」なんて言わないから安心する。

「北大路は曲に興味を持っただけだし、さっきの長谷川くんは、北大路に対抗してただけでしょ? 私を北大路陣営だと決めつけて、長谷川陣営に流れるようちょっかいかけてみた……みたいな?」
「……恵麻、今度この子に乙女ゲーム貸してやって。すごく色々勉強になりそうなやつ」
「てか、こんな感じでどうして今までちゃんと乙女ゲーム攻略できてきたんだろうね。人の感情の機微に疎すぎる」

 葉月と恵麻ちゃんは、私を残念な子を見る目で見ていた。何か失言をしたのだろうか。
 よくわからないから、とりあえず「えへへ」と笑っておいた。

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