君が思い出になる前に…
紫陽花
 この場所から居なくなるのは、おれの方なんだよな…。
ずっと一緒にいるなんて、断言できないのに…。
違うおれになった後の事なんて、まるで頭になかった。
残された絵美の気持ちなんて考えもしないで…。
でも引き止めずにはいられなかった。
愛おしく、繊細で、優しい絵美を手放したくなかった。
できるなら、ずっとそばにいて欲しかった。
後先も考えない、子供のする事だったかもしれない。
30年生きてきた大人の言う事では、なかったかもしれない。今さえよければ良いって、思ってたのかもしれない。
本当に身勝手なおれ…。


絵美の温もり、髪の匂いが忘れられないまま、眠れない夜を過ごした。


すずめのさえずりで、朝になったのがわかった。
梅雨なのに、今日も晴天。
この世界にきて、六日目の朝。

毎日毎日、野菜の仕入れと、商品管理に追われていた一週間前の生活が、なぜか遠くに感じてきた。あれは本当に自分の記憶なんだろうか?あっちが夢だったんじゃないだろうか?超リアルな夢…。
そんな風にも思えてくる。

「夕べはどこ行ってたの?」
今日も早起きな姉さんは、すでに聖陵女子学園の制服に着替えて、朝食をとっていた。
毎晩、夜中の三時まで勉強して、七時にはすでに起きている。
体、壊さないんだろうか…。
「絵美んとこ…」
ボサボサの頭を直しながら、言った。
「あんな時間まで!?あんたさぁ、迷惑がられるよ…、ほんとにもぉ…」
姉さん、朝から怖い。そして元気だ。心配したおれが馬鹿だったかも。
「やっぱ迷惑…、だよね…」
何も答えられなかった。だから、それが精一杯の返事。


学校に着いた。
月曜の朝。
天気はいいのに、気は晴れない。
一睡もできなかったからか。
「祐作~!」
いつもの健太の声だ。頭に響く。お前は変声期前か?
「昨日はいつ帰ったんだよ。探したけど、見つかんなかったぞ」
「あぁ、お昼すぎぐらいかな」
まったく健太の話しに気乗りしない。
「そんなに早く帰ったの?で、その後どうした?」
「どうしたって、別に…。普通に帰ったよ」
嘘をついた。
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