彼がメガネを外したら…。



――岩城さんにとって、私ってどんな存在なんだろう……。


そんな思いが絵里花の中に渦巻いたが、それを口に出すことはできなかった。


ともかく、さんざんな目に遭ってまで磐牟礼山で調査をしたことは、大収穫と言っていいもので、当然史明の研究の格好の材料となった。これまで、新出の古文書を分析して分かったことと総合して、かなり興味深く意義深い研究となりそうだった。


絵里花は相変わらず、身を粉にして史明の研究を手伝った。そして、史明の足も完治した頃、研究に必要な古文書の解読が終わった。

それからは、学会のための資料作りや史料館の学芸員としての業務の手伝い。やらなければならない細々したことは、次から次へと見つかり、ときに絵里花はそれを史明自身よりも早く見つけて、一つひとつ片付けていった。



そして――、学会へ行くための準備もある程度整ったある日のこと。
史明は彼にとって一番気がかりなことを、絵里花に切り出した。


「それで……、望月さん。今回の学会で一番の問題なのは、俺のあがり症なんだけど……。それについて、君の秘策を教えてもらってないんだが……」


学会で使う資料の最終チェックをしていた絵里花は、その手を休めて顔を上げた。そう言えば、数カ月前〝秘策〟があると言って史明の心を動かしたのは、誰でもない絵里花だった。


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