水鏡の月
その日、凛音は咲燐の家に泊まった。

「泊まらせることは出来ないって、言ってたのに。…お風呂までありがと」

凛音のお泊まり道具は服や下着は咲燐から借りたが、流石に歯ブラシは咲燐の家から徒歩20のとこにあるコンビニで買った。

「こちらこそ、ご飯ありがとう。…料亭の手伝い以外に何かしてるの?凛音」

咲燐の言う通り、今日は平日だ。

「…うん、一応。大丈夫、仕事道具はあるから。じゃあ気をつけて、咲燐」

「行ってきます、凛音」

凛音は仕事に行く咲燐を見送った。

「よし、やろ…」

凛音は家から持ってきた鞄の中からノートパソコンを出して開く。

♪〜〜…

凛音の携帯が鳴る。

「はい、もしもし…?」

相手は凛音の仕事の人からだった。

『凛音さん!!今どこにいるんですか!?家に連絡してもお母様はいないって言うし…』

相手の女の人は怒りながらも涙声で強く言ってくる。

「ご、ごめん。何にもアイデアが浮かばなくて旅行してた」

凛音は少し落ち込んだ風を醸し出し、誤魔化す。

『もちろん、仕事道具は持って行っていますよね!?』

女の人はとてつもなく怒っているように感じる。

「うん、今書いてるよ。印刷は出来ないから、そっちに届いたら読んで待ってて」

凛音は宥めるように言う。

『はい、分かりました。なるべく早くしてくださいね!』

女の人は凛音に念を押す。

「うん、分かった。じゃあ、またね」

そう言って凛音は電話を切る。

「ふぅ…、母様にバレたな」

凛音はノートパソコンの画面をじっと見つめる。

「んー…いまいち」

凛音は言葉を考える。
凛音が画面とにらめっこしているうちに、外はオレンジ色に染まっていた。

「あ、夕飯とお風呂…」

凛音は文面を保存してノートパソコンを鞄の中に片付ける。

凛音が台所に立つと、

「ただいまー…」

定時帰宅の咲燐が帰ってきた。

「おかえり、咲燐」

凛音は咲燐を出迎える。

「うん、ただいま。凛音」

咲燐は靴を揃えて脱ぎ、家に上がる。

「先に着替えてくるよ」

「分かった」

咲燐は自室に行き、凛音は足早に台所に戻る。

「凛音、お風呂は沸かしてるの?」

部屋着に着替えた咲燐が凛音のいる台所に来る。

「ごめんなさい。ご飯はもうすぐ何だけど、お風呂は沸かしてないの」

凛音は素直に謝った。

「分かった。じゃあ、俺が沸かしてくるよ」

そう言って咲燐はお風呂場に向かう。

「ありがとう、咲燐」

凛音は咲燐に聞こえるくらいの大きな声で叫んだ。

咲燐がリビングに来る時にはご飯も出来て、2人は夕飯を食べ始めた。

咲燐は気になってることを聞いた。

「今日、ずっと家にいたの?」

うんと凛音は頷く。

「何してたの?」

何故か2人の間に謎の緊張感がはしる。
凛音が食べ物を飲み込んでから答える。

「…僕ね、本業は違うんだ。料亭は本業が難しいから手伝っているの」

「難しい本業?」

咲燐は首を傾げる。
凛音はうんと頷いてから、

「僕、本当は小説書いてるの…」

凛音は軽く言う。
咲燐は驚きを隠せなかった。

しかし、凛音に促され、夕飯を食べることを優先した。

「凛音、何か賞とか取ってるの?」

咲燐はとても気持ちが上がっていた。

「賞は初めての新人賞だけ…。後は本にもならない雑誌連載だけだよ」

凛音は苦笑いを浮かべる。

「へぇ〜、今度読みたい!」

咲燐は目をキラキラさせる。

「うん、今度雑誌持ってくるよ」

凛音は諦めたのか、普通に笑って見せた。
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