最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
「それが、実のところあんまり理解できてなくて」

「理解できてないのに謝っちゃったんですか?」

「樹生に怒られたんだよ」


なるほど、だから私を追いかけて、お店を出てきたのか。


「俺、無神経だった?」


久人さんが、おそるおそるといった感じにこちらを見る。私がなにも答えずにいるのを、肯定と受け取ったらしく、さすがにその顔に、反省の色が浮かんだ。


「ごめん、一族の会社に入るのは、そもそも俺が高塚にもらわれた目的そのものでもあるわけでさ…。あたり前すぎて、あらためて説明するようなことじゃなかったんだよ」

「私は高塚家に入ったばかりですので、そういう"あたり前"こそ教えていただかないと、困ってしまうんですよ」

「そういうことなんだよね、樹生にも言われた。考えてみれば、たしかに気が利かなかったと思う、ごめん」


私は、肩を落とす久人さんの手を握った。彼は、不思議そうに目をしばたたかせつつも、握り返してくる。


「なんでも話してください、っていうのは、わかりづらいですか?」

「うん、正直言うと、そう」


本当に、なにから話せばいいのかわからないんだろう、久人さんは心細げな顔で、うなずいた。


「じゃあ、おぼえている一番古い記憶を、教えてください」

「一番古い記憶…」


片手を私に預けたまま、彼が宙を見つめて考える。やっぱりだ。彼は私の要求には、なんの疑問も不満も持たず、可能な限り応えようとする。


「施設だな」

「何歳くらいです?」

「わからないなあ。俺、三歳で預けられて、十歳で出てるんだ。だからその間のどこかってことになるけど」

「どんな記憶ですか?」

「ただの、毎日の生活の記憶。なにもかも時間や手順が決まってるから、ほんとに日々、同じことの繰り返しなんだ。昨日と今日は、完全に同じ日。年齢が上がっても、季節が変わっても同じ。だから、いつの記憶かもわからない」
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