秘書と野獣

夕べのことは全て幻で、俺とあいつが確かに愛し合ったという事実そのものを消し去るつもりなのだと。

そう理解した瞬間、震えるほどに怒りが湧き上がってくる。


何故、何故____


あれだけ名前を呼んだのだから可能性としては限りなく低いが、もしかしたらウサギは俺があいつだと気付いた上で抱いたということをわかっていないのかもしれない。あの真面目な性格だ。いかなる理由があったにせよ、俺を騙した状態で体の関係をもつことにあいつが後ろめたさを感じないはずがない。
だから自分の名を呼ばれたのだと気付いていなかった可能性だってある。

だが仮にそうだとしても。
あれだけ俺に全てを委ねておきながら、今さら全てをなかったことにしようとすることが心底理解できなかった。
あいつは簡単にあんなことができる奴じゃない。
そのことは俺自身が誰よりもわかっている。
本人が望めばいくらでもチャンスはあったのに、30を目前にしても男と付き合ったことすらない、そうしようともしなかったあいつが、ただ酒の勢いを借りただけで体を開くはずがないのだ。

< 201 / 266 >

この作品をシェア

pagetop