秘書と野獣
一夜の幻


あの日の行動は、今考えても自分では到底説明できないものだった。




莉緒の家に招待され、可愛い妹と姪っ子と過ごして存分に癒された私は、家に帰る道すがら、何故だか街中で足が止まってしまった。
目の前にあるショーウインドウにはブランドの子ども服が並び、ガラスには街行く人の姿が映し出されている。
楽しげに歩く人々。その中には恋人同士なのかあるいは夫婦か、仲睦まじく手を繋ぐ人の姿もあった。


ふと自分の姿に目をやってみる。
そこにいるのは、もうすぐ三十路になるというのに女性らしさとはほど遠い一人の女。
肩甲骨までの黒髪をシュシュでまとめただけ、カットソーにデニムという、オシャレよりも動きやすさだけを重視した格好。申し訳程度にしか化粧をしていない顔はほとんどすっぴん状態。

あらためて自分が人からどう見えているのかという現実に直面して、愕然とした。

十近くも歳の離れた妹は早々に幸せを手にし、日ごとご主人に溺愛されて美しくなり、幸せに満ち溢れている。弟の慎二にも結婚を前提にお付き合いしている彼女がいて、彼らが夫婦となるのもそう遠くない未来のことだろう。

かくいう私には長年片想いしている人がいる。結婚こそしていないものの、彼は独身生活をこれでもかと謳歌し、誰の目から見ても充実した日々を送っていた。

そこに私が入り込む余地などどこにもない。



その時、息もできないほどに苦しくなった。


これまでただの一度も自分の人生を悲観したことなどなかったのに。
何故かその瞬間、自分だけが幸せから取り残されたような得体の知れない恐怖に襲われ、足元からガクガクと震えて立っていることすらままならなくなった。


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