その笑顔が見たい


その常連客はかなり葉月に入れ込んでいて、随分とお店に通っていたらしい。
だから他の客とはそういうことにならず、その客とだけで、半ば疑似恋愛のような形になっていたんじゃないかと佐川さんはいう。当然、葉月の売り上げは上がって行った。


しかし、それもつかの間。
所詮、キャバクラ嬢との付き合いは長くは望まれず、その客は突然葉月と連絡を断ち、店には二度と来なくなった。

疑似恋愛といったのは葉月はそのお客を好きと思うようにしていたのか、勘違いしていたのかわからないが、とにかく情が湧いてきていたんだと思う。だからいきなり連絡を絶って去って行った彼に傷つき、ショックを受けたようだった。

そのあとの葉月の心は不安定になり、次の人を探そうと必死だった。
感覚もズレ始め、自分を無くしかけていた時に円香さんが探し出してくれたということだった。


このタイミングで円香さんが探し出してくれなければ…
そう考えただけでゾッとした。


やりきれない思いが沈黙を作る。
そんな俺を見て佐川さんが低く唸るように問いかけた。


「はづの過去を背負えるか?」


力のこもった目、ずっと支えてきた親心のような温かみをも感じる。


「もちろんです」


佐川さんの目力に負けないように力強く答えた。
その言葉を聞いて、佐川さんの目尻が下がる。


「わかった」


そう言って盃に酒を注いでくれた。


「ありがとう、ございます」


一気に飲み、返杯する。
その様子を見ていた円香さんは、グズっと鼻をすすった。


葉月を守ってくれたこの二人には、ただただ感謝しかなかった。
話が終わったタイミングで葉月が戻ってきた。
隣に座る葉月の手をテーブルの下でそっと握ると一瞬、ピクッと反応したが、手を離すことはなかった。



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