その笑顔が見たい

主任が俺を皮肉っている意味合いとは違う。
自分より三歳年上なだけだが、すでに中高年にさしかかっているように見える。

だらしなく太った体型とヨレヨレのスーツを着ているせいだろう。
それに「おしゃれは足元から」というけれど、そこまでしなくても良いから、最低限、磨くぐらいして欲しい靴。
その見た目を彼の生活や仕事にも繋げて見てしまう人もいるはずだ。
見たまんま、彼はどこかアバウトで仕事も詰めが甘い。


「どうせアレだろ、手本は柳さんだろ。あの人、すごいもんな。お前、柳さんの後継者って言われてるし」


柳さんは新入社員の当初から教育係として俺を指導してくれていた。
今や、スピード出世で三十三歳の若さで課長職についている。
この主任より五歳も年上なのに、程よくしまった体型とクールな顔立ちは若々しく見え営業先に行くと誰しも柳さんを好意的に迎えてくれた。


それは見た目だけではなく、彼の仕事ぶりが反映してるのだと思う。
課長は実際に手術室や内視鏡室で手技の立ち会いをしてクロージングしていくという地道な努力を怠らない。何もない時だって時間をやりくりして、担当している病院へ常に顔を出している。
だから名刺の裏に…と言う作業は基本中の基本で褒められることでもなんでもないのだ。
課長は俺のお手本で憧れで、ライバルでもある。いつか彼に認められたいと言う思いが仕事に繋がっている。


「柳さんの足元にも及ばないですよ、僕はまだ」

名刺をしまいながら立ち上がると、主任は着信音が鳴ったスマホの画面を見ながら舌打ちをしていた。


通話した途端、「あー、どうもお世話になっておりますぅー」と舌打ちした相手に猫なで声を出しながら俺に合図して診察や清算待ちでごった返しているロビーから外へと足を向けていた。

語尾を伸ばすなよ、と呆れながら院内の案内図を確認する。
この病院はかなり大きい総合病院だ。


内科、外科、放射線科などがあり、内科も外科も十数もの科で分かれていた。
そういえばスポーツ外科が有名だったような気がする。
名医がいてプロスポーツ選手が入院していることが多い。
リハビリステーション室も充実しているに違いない。
そんなことを考えながら見ていた案内図からスポーツリハビリテーション部という文字が目に飛び込んで来た。
スポーツとわざわざつけているということは、専門的なこともするのでろう。
興味を持った俺は地下一階と記されているその場所へ足を向けた。







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