明日、君を好きになる
彼女は、ランチの仕込みを中断し、相変わらず呑気な笑顔でやってくると、『エリィ、出来た分、冷蔵庫にお願い』と言われ、自分と入れ替わって、彼女達の元に向かう。

私は、言われた通りカウンターの内側に戻り、渚ちゃんが手早く作ったハンバーグのタネを、冷蔵庫に入れると、何気なく店頭の3人に、視線を移す。

何故か深刻そうな顔をしているさっきの彼女達とは対称に、終始にこやかに応対している様子の渚ちゃん。

この店で働かせてもらって約半年の間に、こんな風に時々、彼女に会いに来る女性が現れては、今のように直接丁寧に対応し、結局、何事もなく戻ってくる。

そうして不思議なことに、なぜかその大半の子は、しばらくすると普通にお店にやってきて、今度は渚ちゃんに、仕事や恋の相談をしたりして、ついには彼女を慕うようになるのだ。

渚ちゃんにはそういう、人を惹きつける、不思議な魅力がある。

本日も、やっぱり5分ほどすると、いつも通りの笑顔のまま、『今日はホント暑いわねぇ』と、何でもない風に戻ってきた。

一応『何だったの?』と聞くも、これもいつも通り『…何でもないのよ』と、困ったように笑い、それ以上は語らず、さっき中断した作業の続きを始める。

時刻は、午前10半過ぎ。

ランチタイムのアルバイトさんがやってきて、多忙なお昼を前に、店内も少し慌ただしくなる。

相変わらず、何も変わらない日常。

…渚ちゃんとは違い、何もとりえのない自分。

ここ(カフェ)で、いつまでも渚ちゃんに甘えているわけには行かないことは、充分自覚している。

チリンチリン…

入り口のドアに付けられた、ベルが、来客を知らせる音色を奏でる。

とりあえず、今やるべきことを精一杯やるしかないのだと、入ってきたお客様に、出来る限りの笑顔を向け『いらっしゃいませ』と声をかけた。
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