隣町銀河
一章

プロローグ

銀河のようだったので、心の内で燥(はしゃ)いだ。






燥ぐ、という語源は『乾燥』から来ているそうだ。
言われてみれば確かに、木枯らしに煽られてカラカラと賑やかに騒ぎ立つ乾いた落ち葉は燥いでいるさまによく似ている。思えば、そもそもの乾燥という言葉もまた徹底している。乾き、さらに燥(かわ)く。拾い上げようものならたちまち粉々になってしまう。
左記子(さきこ)の胸の内には普段から落ち葉のような乾いたものが無数に散らばっていて、今それがごちゃまぜにかき混ぜられている、そんな心持ちだった。嬉しさに混乱と興奮が混じり合ってざらざらと落ち着きなく騒ぎ立つ。

未体験の事象に対する空想は、ときに狭量なものになってしまうことがある。

本来空想というものは、大きさに制限がない。どこまでも拡がっていく性質を持っている。けれど、あまりに知らなさ過ぎて思い巡らせているその対象の方が、ずっとスケールの大きなことがある。まさに今目の前に展開されている光景が——それだった。

銀河のように見えるのは、ほんとうは電車内から見た、隣町の夜の灯りなのだった。

銀河。

その単語がまさしくぴったりだった。
各町は宇宙の中の銀河団の中の銀河のように、それぞれ独自の発展を遂げて、各所に散らばっている。ひとつひとつ全く違うコミュニティがあって、住人達は毎日そこで寝ては起き日々を営んでいる。そして夜には星に倣って光り輝く。考えてみれば何の不思議もないことなのだが、世間知らずな左記子にはそれがいかにも新鮮なことに思えた。今までは自分の町ひとつが全てだったのだ。
一目見て魅せられた。
誰もいない車両の、すっからかんになっている座席に座りもせず、銀色の手摺をギリギリ握りしめて左記子は唇を噛んだ。
カラカラと、燥いでいる音が耳にまで聞こえる気がした。






全てをリセットしたい、と思っていた。

もとより高等学校を卒業したら、真っ先にこの町を出ようと思っていた。そう思っていた折、母が亡くなったのでこの町と左記子を繋ぐ紐は完全に解けた。

行くあてもなく電車に乗った。

その時点ですでに日は暮れ始めており、隣町に到達する頃には外はすっかり闇だった。
町の只中にいれば分からないだろう。けれど、外側から見た隣町は紛れも無い一つの集合体、一つの生き物のように密に美しく不揃いに輝いていた。
単なる町のくせにあたかも宇宙のような輝きが、ひどく偉大で貴重なものに見えた。



銀河を巡る旅をしよう、と突拍子もないことを思いついたのはそんな時だった。左記子の知らない、まだ見ぬ“隣町銀河”を見て廻る宇宙旅行だ。もはや左記子を縛りつけていたのに役立っていたものは既に効力を失っていた。学校とも、社会とも繋がっていない。家族も失くした。人間関係はどれも希薄なものだった。この町に思い入れはない。




あまりにもスムーズに、左記子の旅は始まった。
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