冬の恋、夏の愛

時計は、まもなく二十一時を指そうとしていた。明日も仕事だから……ということで、店を出ようとしたときだった。

「あ。莉乃から、今日はまだ会社にいるので、行けないです。ごめんなさい。だって」

多治見さんがスマホに届いたメッセージを読み上げた。まだ、会社にいるのか。大変そうだな。そう思いながら、席を立った。

会計を済ませて、店の前でふたりと別れると、足は自然と駅の方向へ向かっていた。途中のコンビニで、ビールとプリンを買った。疲れたときには、泡と甘いものがいちばんだと思っているからだ。

乗り換え案内を見ながら、行ったことのない街へ、会えるかもわからない人に、ただ『お疲れ様』を言いたい衝動に駆られて、電車に乗り込んだ。

いつもふたりが別れる横浜駅で降りると、電車を乗り換えた。羽島さんが住む街で降りると、駅前の地図を頼りに、会社へと向かった。

羽島さんが働いている会社の、オフィスビルの下。もう帰ったかもしれない。まだ、ビル内にいるかもしれない。一時間だけと決めて、待つことにした。

自分でも、なにをしているんだ? と思う。『お疲れ様』くらい、電話やメールですればいい、と。

でも今夜は、直接会って『お疲れ様』を言ってあげたかった。

ただ、それだけ。それだけのことをしたくて、夜になってもまだ時々鳴くせみの声を耳にしながら、羽島さんを待った。

カツンカツンと靴の音がして、顔をあげた。靴の音がピタリと止むと、まっすぐに視線がぶつかった。

「関さん?」

いつものような、明るい笑みはない。疲れた顔の羽島さんが、オレの名前を呼んだ。

笑顔もなにも作れないオレは、ビールとプリンの入ったコンビニのビニール袋を、無言で差し出した。



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