メープル
ラグビー
 秋も深まった11月の末、ユウジが

「今度、ラグビーのトップリーグの試合があるんだけど、見に行かないかい?」

と誘ってきた。なんでも、ユウジは高校時代、ラグビー部にいたらしい。花園に出るような強豪校ではなかったらしいが、それでも、練習は半端なくきつかったのだそうで、それで、今でも、いい体躯を保っているということのようだった。それでも、20代前半の頃に比べれば、ずいぶんといろいろな部分が落ちたらしい。当時は、例えば、心斎橋あたりに行ったときに、リーバイスの505TMc のスリムストレートフィットなんて奴の程度のいいのを、ついでに行ったアメリカ村の古着屋なんかで見つけても、太モモの部分が全く入らず、泣く泣くあきらめた、などと言っていた。

「あたし、ラグビーは、全然、わからないよ。なんかルールも複雑だし。」

「細かいルールは知らなくても、ある程度は楽しめるよ。ラグビーは、後ろにパスしながら前進するスポーツなんだ、基本的にはね。」

と言って、ユウジが説明してくれたところによると、

1.ボールを前に投げたり、落としたりしてはいけない。
2.タックルされたら、一度、ボールを足元に置かないといけない。
3.(おおざっぱに言って)ボールの位置より前にいるプレーヤーはオフサイド。
4.密集状態の中で、ボールが地面に置かれているとき、手で触ってはいけない。
5.その他、危険な行為は罰せられるので、やってはいけない。

危険な行為というのは、敵プレーヤーを持ち上げて頭から落とす、とか、ジャンプして、空中にあるボールを取ろうとしている敵プレーヤーが空中にいるうちは触れてはいけない、とか、首に直接、タックルしてはいけない、など、重篤なケガにつながりかねないようなラフプレーということらしい。もちろん、喧嘩じゃないので殴り合いなどはもってのほか、とのことだった。さくらは、ラグビー選手のような体躯の男性が基本的に嫌いでなかったのと、ユウジとのお付き合いも、とりあえず彼と一緒ならどこにいっても楽しいや、というレベルに達しつつあったので、

「じゃあ、行ってみてもいいわよ。いつ、どこでやるわけ?」

と言ってみた。

「今度の土曜日、東大阪の花園ラグビー場」

といった。この試合、ユウジは、友人の友人の友人くらいの縁の人が出るかもしれない、ということで見に行ってみる気になったらしい。その話を聞きながら、さくらは、大阪かぁ久しぶりだな、帰りに道頓堀あたりで何かおいしいものでも食べたいな、と反射的に思ったりしたが、口には出さなかった。そんなさくらに気が付いていいるのかいないのか、ユウジは、

「あ、そうそう、ラグビー場って、試合観てるうちにどんどん冷えてくるから、防寒具は過剰なくらい持ってきたほうがいいよ」

と付け足して、ニヤっと笑った。

 神戸には、ラグビーのトップリーグの強豪“神戸製鋼スティーラーズ”があり、今回の試合も、神戸製鋼が東海地方の強豪“ヤマハ発動機ジュビロ”を迎えての一戦ということだった。花園についてみると、まだ、シーズン始まったばかりだったが、観客は思ったより入っていて、客席の9割方は埋まっていた。

「ラグビーって思ったより人気あるのね、ちょっと驚いたわ」

「2015年のラグビーのワールドカップで、日本代表が頑張ったのもあってね。見てたかな、西の横綱って言われてきた南アフリカ代表“スプリングボクス”を倒したんだ。あの試合、解説者の方がもう、涙声だったり、いろいろ感動的だったんだよね。」

「へー、全然、知らなかったわ。なんか、インスタント焼きそばだか、焼き飯だかのコマーシャルに出てる人がラグビーの人だって、父がTV見ながら言ってたような気がするくらい」

「じゃあ、今日から、たまに見よう。ラグビーに限らず、フットボールは見てるだけでも楽しいものが多いよ。サッカーやアメフトなんかも元々は親戚みたいなものだし。イギリス発祥のスポーツは、シンプルなのに、基礎体力と機智と瞬時の判断力のすべてがバランスよく要求されるタイプのものが多くってね、見てるほうも楽しくなるんだ。」

「まあ、とりあえずは見てから考えるわ。」

キックオフの時刻が近づいてきて、両チームの選手たちが出てきて始めたウォーミングアップをなんとなく眺めていた。やっぱりすっごい体よねー、うわー、ごっつい人達が胸と胸をぶつけあってるー、何してんのあれ?とか、芝生の地面に置いたボールをポールで作った枠めがけて蹴っている人とかいるー、もう何してんのか全くわからないわね、などと思っているうちに、試合開始となった。

 試合自体は、前半は神戸のチームが20点くらいリードして後半に入ったが、後半はヤマハのチームが盛り返して、残り10分程度で、神戸のチームが逆転されてしまった。

「あーん、神戸、もうちょっとなのに、頑張ってほしいわねー」

結局、その知り合いの知り合いの知り合いだかはゲームには出なかったらしい。しかし、ユウジは、要所要所で、今、どういう反則があったとか、ここは神戸、チャンスとか、いろいろ話しながら見てくれた。残り5分、というところで、両チーム選手が激しくぶつかるシーンがあり、「ぐしゅっ」という何かがつぶれたような鈍い音がして、両チームの選手が芝生の上でのたうち回るような事態となった。特に、片方のチームの選手は、頭の一部から、かなり激しく出血しながら、ほとんど動かなくなってしまった。

「うわー、きっついな今のは。反則があったわけじゃないんだけど。」

といって、ユウジは解説してくれ始めたが、さくらはびっくりしたのか、黙り込んでしまった。少し青ざめた表情でグランドを凝視していた。その後、彼女はガクガク震え始めた。日も落ち始めたので、スタンドもかなり寒くなってきたせいもあるのかな、と思い、ユウジは、

「大丈夫かい?ちょっと、激しかったね、今のは。昔は、“魔法の水”とかって言って、ヤカンの水をかけたら、元気になったりしたんだけど、今は、きちんと治療するから大丈夫だと思うよ。」

「うん……」

といったきり、また黙り込んでしまった。ふと気が付くと、涙があふれ出していた。泣いているというよりは、あふれ出した涙が自分の意志とは関係なく、止まらないという感じだった。ユウジは、自分のダウンジャケットをさくらにかけてあげて、少し早いけど、駅が混む前にでようか?といった。コクっとうなずいて、さくらは席を立った。ユウジは肩を抱くようにして、さくらと最寄り駅に向かって歩いた。
< 6 / 12 >

この作品をシェア

pagetop