冷たい雨の降る夜だから


 仕事が終わった後、ロッカーで不敵な笑顔を浮かべた里美に捕まった。

「すーいちゃん、今日のご予定は?」

「か、帰るよ?」

 里美のその表情があまりにも不敵で、逃げ腰になりながら返すと「ふぅん?」と含みのある相槌が返ってくる。

「ほんと?」

「な、なんで?」

 里美は私を見てにっこりと笑って続けた。

「なんか翠、最近すっごく楽しそーにしてるから」

「そ、そう?」

「うん。最近仕事終わるとすーぐ携帯見てるし、帰りは早いし。あと、髪とか服とかちょびっと可愛くなったし」

 言われて、一瞬自分の服に視線を落とす。確かに最近、前と少し服は変わった。パンツスタイルで地味な事はたぶん変わっていないけれど、以前の「パンツとシャツを適当にローテーションしているだけです」と言う感じは薄れたと思う。先生の仕事が終わるのを待ってる間、駅ビルで時間をつぶすのが習慣になってしまったのだ。お店を眺めて居るとついつい買いたくなってしまう。今まで使ってたシュシュは超どうでもよさそうな茶色だったのが、ふわふわしたファーの付いたヘアゴムや、ラインストーンの綺麗なヘアクリップとか気付けばいろいろと増えていた。選ぶのが、朝ちょっと楽しい。

「なんかあったのかなーって思ってたんだけど?」

 付き合っている人が居る。それを言えばいい。それは判っているのに、どうしてか言葉が上手く出てこなかった。先生の事よりも、先輩の事が暗雲の様に立ち込めてくる。男の人が苦手なのに彼氏が出来た事、先生の事、どうして平気なのか。訊かれるかもしれない事柄を思うと、その答えが先輩にたどり着いてしまうのが怖かった。

「翠?」

 里美の心配そうな声音に、我に返った。

「ごめん。大丈夫」

「そう? ならいいけど。それはそうと、今日飲み行かない? さやかと飲もうかーって言ってたんだけど」

 丁度その話題を振られたところで、背後からさやかの元気な声がした。 

「里美、お待たせ! 翠も暇だったら飲みにいこーよ!!」

「ごめん、今日妹と約束してて。また今度誘って」

ちょっと残念そうな二人とロッカーで別れて家に帰ると、藍が夕飯を作って待っていた。
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