私はミィコ
寝て起きて、少ししたら彼が庭に行こうと誘ってくれた。
さすがに二本足で立って靴も履く。

庭は門までの道しか歩いたことがなかったけれどよく手入れされているみたいだった。
犬みたいにリードをつけるでもなし、手を繋がれてそれが何だか嬉しい。

高い生垣の間を通って奥まで進む。
と、少し開けた場所に椅子とテーブルがあった。
まるでカフェテラスみたいに置かれたそれに座るように彼は促す。

「必要なら飲み物を持って来させるが……大丈夫か」
「にゃあ」

特に喉も乾いていなくて大丈夫と伝える。
少し休憩して、そのあとまったりと庭をお散歩して過ごした。
ぽかぽかの陽気が心地いい。

丸まって寝たいなぁ、なんて考えてしまって猫に寄った思考に自分で驚いてしまう。


「ミィコ、眠そうだな。戻ってお昼寝しようか」

でも、それがすっかり顔に出ていたらしく彼にそう促された。
本当に寝てばかりで戸惑う。
どうしちゃったんだろうか、私の身体は。



彼と手を繋いで部屋へと戻った。
そのままベッドに一緒に倒れこんで眠った。
包まれるみたいに抱きしめられるのが心地いい。
背中を撫でられるとすぐに眠たくなって、私は微睡に意識を手放した。


「ミィコ。そろそろ起きようか」
「ん……」

ゆさゆさ。
身体を揺すられて目を開ける。
どのぐらい眠っていたのだろう。
カーテンの窓越しの外は暗い。


「ミィコ。今日は一緒にお風呂に入ろうか」
「ん……ぇにゃ!?」

え! と叫びそうになったのを強引ににゃあに変えると変な音になった。
彼はきょとんとしている。
お風呂ってそんな……!


「……嫌なのか?」

でも、そんな風にしょんぼりされたら断れるわけもなくて……そう、この人にとって私は猫なんだから、と言い聞かせる。
ふるふる首を振ると彼は嬉しそうに笑った。


「そうか、それじゃあ先に風呂場へ行っていなさい」

そう言われて脱衣場へ。
メイクとか大丈夫なのかと、思っていたら扉を出る際、顔は先に洗っていてもいいと言われた。
戸惑いながらも服を脱ぐ。

小さいタオルを一枚手に、そろり、と浴室へと入った。
彼の言葉通りにメイクを落として顔を洗う。
と、足音が聞こえた。私に猫耳があったらぴんと立っていると思う。

「ミィコ、入るよ」
「にゃ!」

あわあわ、座ったまま顔を向ける。
そこには、腰から下にタオルを巻いた彼がいた。
裸を見るのは初めてで、ドキリと心臓が跳ねる。
引き締まった体に程よくついた筋肉。
すごくバランスがいい。


「ミィコ。シャンプーしてあげるから、じっとしていなさい」
「…………」

彼が別の椅子を引き寄せて私の後ろへと座る。
タオルで胸から下を隠してほんの少し背を丸める。
彼の腕が伸びてシャワーヘッドを掴む。

「上を向いて」
「……にゃ」

そこからそっと上向かせられた。
ドキドキと心臓がうるさい。
聞こえているのではないかと焦る。

彼は慣れた手つきで髪へとシャワーのお湯をかけていった。
気持ちいい。
美容室でされているみたいだ。

「熱くないか?」
「にゃう」

優しく髪全体を濡らされて、そのあとは泡立てたシャンプーを髪へと。
彼の少し太く骨ばった指が地肌に触れる。
撫でる時とはまた違う心地良さ。
すっかり力が抜けて自然と瞼が下りてくる。
気持ちいい。
やっぱり美容室でされているみたいだ。


「かゆいところはないか?」
「うにゃ」
「そうか。では流すから目を閉じていてくれ」
「にゃ」

慣れた手つきで泡を流されてそのままコンディショナーをつけられる。…
…慣れているということは、私の前の“ミィコ”も同じようにされていたのだろうか。
そう考えるとチクンと胸が痛みだす。
ヤキモチなんてダメだ。
これは仕事なのに。


「ミィコ。今度は背中を流すよ。頭を上げて」

そっと促されて顔を起こす。
鏡越しに彼と目が合ってまた心臓が跳ねた。
おかしな気持ちになりそうで視線を伏せる。
……というか、今、すっぴん……。


「大丈夫だから、そんなに固くなるな。力を抜いていてくれ」

そう言われて、なるべく力を抜こうと試みる。
伸びてきた彼の手がボディーソープを手に取って泡立てる。
スポンジもタオルも使わずに直接手のひらが背中を撫でた。


「っ」

ぴくっとそれだけ体が震える。
他意なんてないってわかっているのに。

「くすぐったいのか?」
「……にゃ」

こくり頷くと小さな笑みが返ってきた。
こっそり鏡を見ると彼は楽しそうに笑っている。
がっかりさせたくないな、と思う。

「ミィコはすごく細いな……ちゃんと食べているのか」

背中を一通り撫でた手が肩へと触れて二の腕へと滑る。
また心臓が跳ねた。こんなに何度も鼓動が狂ってはおかしくなるんじゃないかと思う。
二の腕から肘、そして肩にまた戻ってその手は前へと伸びてくる。
デコルテを優しくなぞられてくすぐったい。
そのままそっとタオルが取られた。

「あ!」

小さな胸が鏡に映る。
へそから下は隠しているもののきっと彼にも見えているはずだ。
そう思うとどうしていいか分からなくなる。
逃げるわけにもいかずに固まると、彼の泡だらけの手はデコルテから乳房の上までをなぞった。

ドキドキドキ。
ずっと高鳴りっぱなしの心臓はきっと聞こえていると思う。
彼の泡だらけの手は、大事な部分を避けるように脇腹へと滑る。
……触れてもらえなかった突起が何故かツンと上向いてしまって、逃げたくなる。


「ふ……」

身体を洗っているだけだから当然なんだろう、彼の手はそこには触れないまま、脇腹や腹部を洗いだす。
その手が下腹部へと下がりかけてつい、その手首を掴んでしまった。


「ミィコ?」
「にゃ、にゃう」

力を込めて、ダメだ、と鳴いてみる。
と、耳元へと唇が触れた。


「ミィコ。抵抗はダメだ。君は俺の猫なんだから」
「っ……」

伸びてきた手がタオルを退けて太ももの上を滑る。
濡れてしまったのがバレたくなくて必死に足を閉じる。
けれど耳穴にくちゅ、と音が響いた。
ぬるついた舌が入り込んでくる。

吐息と共に普段より低い声が、
「開いて」
とだけ囁いた。

「っ!」

瞬間にぶわっと体温が上がる。
この人の声はただでさえ心臓に悪いのに。
耳元なんて反則だ。
逆らえるわけがなくてそっと足を開く。

「いいこだね」

ちゅっと鼓膜に響くようなキス。
それから太ももの内側を泡だらけの手が這った。
一度離れてボディーソープを足したその手は、本当にぎりぎりの付け根までを洗ってくる。


「ん……」

身体が、熱い。
正直触って欲しくて仕方ない。
胸の突起は尖りっぱなしだし、下腹部はじんじんする。

けれど、彼にそういうつもりはないからだろう。
肝心な部分へとその手は触れなかった。
……そんなつもりじゃないのは分かっているのに焦らされた気になる。
付け根のぎりぎりも洗ったその手は膝を撫でてふくらはぎも撫でて離れていった。


「あとは自分で洗ってもいい。俺は自分を洗うから」

お返しに洗うべきか、なんて考えるが猫はきっとそんなことはしない。

彼が頭を洗う隙に一瞬だけ焦れた突起に触れる。
びくっと体が大きく揺れた。
やばいと思って雑に足の裏などを洗って泡を流した。



「先にお湯に入っていてもいい」

そう見透かしたように言われてこくりと頷いて浴槽に沈んだ。
ドキドキはおさまらない。

どうにかなってしまいそうだ。

自分はこんな女だっただろうか、と考える。
そこまでセックスが好きという訳でもなかったし、性欲が強いという訳でもなかったはず。
それなのに今は体が彼を求めている気がした。
つい視線が彼の股間へと向きそうになり、必死に自分を抱きしめて耐える。


「お待たせ、ミィコ」

すぐに頭も体も洗ったらしい彼がお風呂の中で私を抱きしめる。
直に触れる素肌の感覚に眩暈がした。

このままじゃダメだと思ってぎゅっと目を瞑る。

「にゃにゃにゃ!」

のぼせた! というつもりで鳴いて彼の手を振り払って立ち上がる。


「ミィコ?」

振り返ることも出来ないまま浴室をあとにした。
彼が来る前に、と雑に体を拭いていつものバスローブを羽織る。

「ミィコ、大丈夫か?」

けれどすぐに追いかけてきた彼に肩を掴まれた。
泣いてしまいたい。
恥ずかしくて。


「顔が赤いな。部屋で冷たい水を飲もう」

彼はよしよし、と濡れた私の髪を撫でると、自分の身体を拭いて同じバスローブを羽織った。
……とほぼ同時に私の身体は宙に浮いていた。

「!?」
「大丈夫だから、暴れないように」

そう言われて慌てて首へとしがみつく。
待ってこれ、お姫様だっこ……?

羞恥やら何やらで叫びたいのを我慢して揺られる。
あっという間に寝室まで運ばれて、ベッドの上へと投げ出された。

「にゃ……」
「待ちなさい、すぐに」

彼は下ろすとどこかにあったペットボトルを手にする。
頭に過ったのは数時間前の出来事。
その予想通りに唇が重なる。
冷たい水が流し込まれて私はそれを嚥下した。


「ん……」
「もっと?」
「にゃ」

こくんと頷いてねだる。
触れる唇が熱くて気持ちいい。
少し落ち着くとまた頭を撫でられた。

「髪を乾かそうか」

言われて体を起こす。
ドライヤーを持ってきた彼に丁寧に髪を乾かされた。
至れり尽くせりだなぁと思う。

髪が乾いて少しぼんやりすると、彼は一度部屋を出ていった。
戻ってきた手にあったのはボトルワイン。


「酒を飲むと約束しただろう」

まだお風呂の熱が引き切っていないのにそれはまずいと思った。
でもそれを伝えるすべもないまま結局……私は彼の足の間に向かい合わせで座らせられていた。

「ミィコ」
「ん……」

顔を上向かせられて先ほどと同じように液体を流し込まれる。
それでもさきほどと違うのは、喉を通ったそれはちっとも冷たくなくて、寧ろ焼けるように熱いということ。

「うまいか?」
「にゃ」
「そうか、ならもっとだ」
「ん……」

そうして何口飲まされたのだろう。
簡単に私は酔っぱらってしまった。

「ミィコ」
「んん……」

お風呂の熱さにアルコールが混ざってふらふら、くらくら。でも必死にくっつく。

「ミィコ」

彼は気付いたのか何なのか優しく肩を撫でてくれた。その手がまた二の腕を滑って胸のふくらみを撫でる。

「ぁっ!」

布越しでもやっと触れてもらえて思わず甘い声が漏れた。
もっと触って欲しくて、首に両腕を回して見つめる。


「にゃ……」
「ミィコ……」

彼の手がふに、と私の控えめな胸を掴む。
バスローブ越しなのに腰に直接疼くような。

「ん、ぁ……」

自分でも驚くほどの甘い声が漏れた。
もっと触って欲しいと思う。
……でも。


半分のぼせていた体にアルコールが重なったからなのか。
私の瞼は徐々に重くなり、そのまま意識は途絶えた。

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