君が望んだ僕の嘘
終章《緋色の花》
終章《緋色の花》
「こんにちわ、一年ぶりです」
今年も相も変わらずよく揺れた高速船を降り立ち、すっかり顔馴染みになったおじさんに挨拶をした。
私が初めて我那波島を訪れた時に、高速船で働いていたおじさんだ。
皺の増えた顔は変わらず黒光りしているが、寄る年波には勝てず、数年前高速船からおりて、桟橋の番をしている。

「・・姉さん、元気そうだね」
おじさんはいつも言葉少なだ。
必要最低限のことしか言わない。
必ず一年に一度、私がこの島を訪れるようになってからの習慣だ。

無愛想に見えるが、これがおじさんの優しさなのだ。
切ない想いを抱えて、島を訪れるようになってから知った。
これも一種の細やかな心遣いだ。

「よしオバアとは、本当に正反対だわ」
弾丸トークを思い出して、懐かしくなった。

元気の固まりだったよしオバアも、昨年鬼籍には入った。
夜、いつものように眠ったと思ったら、朝には冷たくなっていたそうだ。
前日までフルパワーでおしゃべりし倒し、そこいらにいる若者に、ご馳走攻撃を加えていたらしい。
実によしオバアらしい。

懐かしい思い出をお供に、私はゆっくり丘を登る。

代替わりして、ペンション風になった「海風荘」の前はこっそりと素通りだ。
しっかり宿泊予約はしてある。
気のよいオーナー夫婦は、私の訪れを待ちかねているだろう。
でも、邪魔はされたくない。
ひっそりひっそりと忍び足で通り過ぎる。

目指すは鳳凰木である。

「今年も見事だなぁ」
謂われを知る人が私しかいなくなっても、緋色の花は燃え上がっていた。

こけ蒸した幹にもたれて、眼下の海を見やる。
そうして、私だけの約束に想いを馳せるのが、毎年の儀式だ。

「怒るだろうなぁ」
目を眇めて苦く笑う。
美しいはずの海。
なのに、私の目にはのっぺりとつまらなく映る。

君と一緒に見た時は、鮮やかに、あおく燃えていたのに。
今じゃ、すっかりくすんで見える。 

海だけじゃない。
空も風も木々も。
彩りをなくして久しい。
私はもう、元の鮮やかさを思い出せなくなったいる。

鮮やかなのは、私を燃やす緋色の花だけだ。

心の中に君がいるかぎり、きっと世界は灰色なんだろう。

それでも、私は君を忘れない。

大嫌いで、憎々しくて、この上なく面倒で、ヘタレチキンな君のことを。

一生、忘れない。
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