君が望んだ僕の嘘

4.明日の約束

 4【明日の約束】
ゆらゆら、ゆらゆらと。
心地よく身体が揺れる。
あたりは一面、茫漠とした柔らかな闇が満ちている。

私は眠っているようだ。

『・・美羽、また明日。
ずっと待ってるから』
声がした。
闇に滲むように深く響く。
乞うような願うような、切ない声だった。

声が消えると、突然、いくつもの色彩の閃光が、闇を切り裂いた。

鮮やかな色達は、激しくぶつかり合い、火花を散らして燃えがった。
めらめら、めらめらと。
炎が立つ。
何もかも燃やし尽くされてしまいそう。

南の島はなんでもよく燃えるのだろうか。
だって、ほら、海もあおく燃えている。
花も、緋色に燃えてる。
そして、・・恋も。

恋も、熱く燃えるのかな

「そんなわけないでしょ!」
自分の怒鳴り声で目が覚めた。

「あれ?」
あたりを見回して首を傾げた。
ここ、海風荘の私の部屋だ。
そんでもって、きちんと布団の上で寝ている。
私ったら、いつの間に帰ってきたのだろう。

「美羽さん!?
大きな声がしたけど、起きたか?」
ドフンドフンと景気の良いノックで襖が波打ち、返事も待たず襖が開いた。
もうツッコむのも諦め、お馴染みになってしまったよしオバアの入室方法である。

「あぁ、顔色悪くないね。
はぁ、良かったさぁ。
ほら、まずはお茶飲みなさい。
大事ないね?
美羽さんよぉ、あんた、散歩中に熱中症で倒れたんだよ。
そんで、雪人くんが担いできてくれたんだよ」
よしオバアは、おろおろと枕元ににじりよって、私が身体を起こすのを手伝ってくれた。

甲斐甲斐しく差し出されたグラスは、しっとりと汗をかいている。
中身がよく冷えてるのだろう。

「雪人くんって、誰ですか?」
有り難くグラスを頂戴し、はたまた私は首を傾げた。

「何言ってるか?
美羽さんを背負ってきた子よ。
ほら、すらっと背が高くて、声も良くてよ。
目がぱっちりしたイケメンさ。
あれ?
友達になったんじゃなかったの?
雪人くんがよ、美羽さんを随分と心配していたから、てっきり・・。
あの子は確か美羽さんよりも一つ年下だけど、同じ大学生同士だからよ。
出会うなり、ぴたっと気があったんだとばかり思ったのによ」
よしオバアは目をぱちくりさせた。

「あぁ・・私、あのまま気を失っちゃったんだ」
私は自分の身に起きたことを、ようやく把握した。

それにしても、あの俺様野郎、雪人って言うんだ。
名前だけは爽やかだな。
しかも、やっぱり年下か。
本当に生意気。

さすがに言葉にして悪態をつきはしなかったけど、思いっきり眉間に皺を寄せてしまった。

「なに?どうしたの?
あの子と喧嘩でもしたんか?
それとも、どこか具合悪くなったか?」
よしオバアが心配そうに腰を浮かせた。

「いえ、そういう訳じゃないんですけど」
慌てて手を振って誤魔化した。
期間限定の恋人契約のことなんか、言える訳がない。

ともかく、まずは敵を知るべしだ。
さりげなさを装って、探りを入れてみた。

「ねえ、よしオバア。
あの野郎・・じゃなくって、雪人くんって、この島の人?
あっ、でも自分で余所者って言ってたな。
もしかしたら、島に親戚がいて、遊びに来てるとかかな?」
「違うよ。
あの子は余所者さ」
すぐさま返ってきたよしオバアの返事は素っ気なかった。
珍しいことだったが、気にせず探りを入れ続けた。

「そうなんだ。
でも結構島に馴染んでる感じだったし、よしオバアの事もよく知ってるみたいだったよ。
あの子って、どんな子なの?」
「・・まさか。
美羽さん、あの子と恋仲になったんか?」
よしオバアの円らな瞳が、さらにまん丸に見開かれた。
なんたる慧眼か。
事実は全く違うが、さりとて、まるっきり的外れではない。

「えぇええ?!
いや、その、別に私は、そんなつもりじゃ!
恋だなんて全然!
いやあねぇ、おほほほほほ!」
私は焦って否定した。
不自然な誤魔化し笑いもした。

なのに、笑い上戸なはずのよしオバアは、今日に限ってつられて笑ってはくれなかった。 

「ならんど(ダメだよ)、美羽さん。
確かに、あの子は良い子さ。
口の悪いところもあるけど、一緒にいたら大事にもしてくれるだろうし、楽しいだろうね。

でもね、もうじき、美羽さんの手の届かんようになる。

悪いことは言わん。
あんたのためよ。
あの子に惚れるのだけは、やめときなさい」
まんまるっちい口元がぎゅっと引き絞られた。
よしオバアが、初めて見せる厳しい表情だった。

思いもよらない反応を受け、私はぽかんとしてしまった。

「さて、夕飯の支度をしようかね。
倒れるようじゃ、まだまだ食べさせ足りなかったみたいだからね。
張り切って作ろうね」
私が口を開く前に、よしおばあはそそくさと出て行った。
なんだか、私からの質問を恐れるように。

「なんなの?」
全てが謎だ。
雪人の存在も、オバアの態度も、何もかも理解不能だ。
いらいらと頭を抱えて、布団に寝転がった。

すると、がさりとポケットに軽い違和感を感じた。

「なんだろ。
葉っぱでも紛れ込んだかな」
行儀悪く寝そべったまま、ポケットに手を突っ込む。

出てきたのは、一枚の紙片だった。

『明日 同時刻 同じ場所』

右肩上がりの癖の強い字で、それだけ記してあった。

「あいつかっ!」
心当たりなんて一人しかいない。
俺様野郎改め、雪人のヤツに決まってる!

「誰が行くもんか!」
憤りを込めて、紙片をくしゃくしゃに丸め、部屋の隅のゴミ箱へ放り投げた。

しかし、シュートは失敗。
紙屑になった雪人からのメッセージは、ごみ箱の縁に当たって、ころりと畳の上に転がった。

それがまた、癪に障った。
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