短編 欠片
第1章
今日も私は死んでいく。私が私を殺し、私を拾っていくのだ。しかし、私は戻らない。私はまた別人になっていくのだ。

例えば本を読んだ時、例えば映画を見た時。その前の私は死んでいる。私は消え去りどこかに置き去りになってしまっている。私は彼女を見えぬ者として扱い、彼女は私に忘れ去られる。そして、明日には私もそうなっているのだろう。

例えばアルバムを見た時、例えば実家に帰る時。私は自分を拾いに行ける。欠片を集め、私に戻す。でもどこか足りなくて虚無感が残るだけなのだ。それを私は「懐かしい」と呼ぶ。電車の中から見える学校、公園、商店街。そして子供たちの声。胸が焦げるような、夕焼けのような。そんな感情に襲われるのだ。

あの頃の思い出。将来のことも何も考えずにただぼんやりと夏の日差しの中を走り回っていた日々。生暖かい風に揺れる麦わら帽子とワンピースの裾、そして黒髪。あの頃に抱いた想いは既に亡くなってしまったのだろう。想いは死んでいく。どんなに美しく、暖かくても想いは灰になっていくのだ。ただその頃の欠片を眺め、思い出す。そしてまた忘れていくのだろう。


私は誰なのだろうか。私が私であることに変わりはない。しかし、明らかに私とは違うのだ。昨日の私は私じゃない。私はどこにあるのだろうか。そう考えても時間は流れ私は死に、老いていく。そうして私は流されていくのだろうか。


「お客さん、終点ですよ」
窓をぼんやりと眺めていると声をかけられる。あぁ、電車が着いたのか。
「すみません、すぐ降りますね」
古い木造の駅。木の香りと田んぼの匂い。
「…すっかり夕方になっちゃった」
懐かしい景色を眺めながら私は母のもとへ向かう。

暖かい風が吹くとワンピースの裾がいつの日かのように揺れた。
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