struck symphony

「香大…さん?…」






「………、

…もう 男は…要らないですか?…」





「え…」




恵倫子は、抱きしめられたまま
驚きのあまり 言葉を失う。



自分に 何が起こっているのか…


現実でない感覚に 陥りそう…





でも、



方針状態でありながらも…


抱きしめられているうちに…


次第に

陽音の 優しいあたたかさを 感じ……




陽音の感触に…


夢心地に……恵倫子は…身を委ねる…







陽音は、心に決め、静かに 言った。




「恵倫子さん。

伝えたい事が あります。

聞いてくださいますか?」





恵倫子の鼓動が、速まってゆく…

精一杯、返事をする。



「…はい」




陽音は、ゆっくりと体を放し、恵倫子の瞳を見つめた。



「貴女の声に 惹かれ…


貴女を見た瞬間……


一目惚れ…でした……



恵倫子さん…。

僕と お付き合いしていただけませんか」





恵倫子は、
思いもよらない 陽音からの告白に


驚きや衝撃で…




膝から 崩れた…




咄嗟に 陽音が、恵倫子を支える。





“こんなことって… …こんな…こと…って…”





両腕を優しく掴む、
陽音の あたたかい手の感触に

現実なのだ と… 感じる。




小説より奇なり………である……事実に…

目覚め…





恵倫子は、
しっかりと伝わってくる陽音の体温で、
この奇跡が、 現実のものだと 実感した。




そして、

想いを噛み締めながら、
はっきりとした声で 応えた。




「はい。

私で 良ければ…


宜しく お願いします」





恵倫子の返事を聞いて、

陽音は、安堵の溜息を漏らしながら
もう一度
恵倫子を抱き寄せた。




今度は、

ゆっくりと 優しく… 愛しく… …抱きしめる…









豊潤な雫が、

色光に染まる 透明な杯のなかで

艶めく 舞い上がった…





ーーー





どれくらいの時間… 抱き合っていただろう…





感じる 互いの鼓動とぬくもりに…





時間の感覚も鈍る…







“…そろそろ…行かなければ……いけないな…”






名残惜しさを噛み締めながら、
陽音は、仕方なく
恵倫子を 腕の中から解放した。





「もう行きますけど、すぐに帰って来ますので」


「あ……、
ゆっくりして来てください。
私、香大さんを一人占めしてたわけですから、
今からは、皆さんと楽しんでください。

飲み過ぎには、注意してくださいね」


「はい」




“なんだか… 一緒に住んでるみたいだな…”



陽音の顔から、
そっと 照れ隠しの笑みが零れた。



ーー



陽音は、身支度をし、玄関へ。

恵倫子は、見送りをしようと、
陽音に連れて歩んだ。



「恵倫子さん」

「はい」



至近距離で 名前で呼ばれ、
まだ慣れない感覚と 愛しい声に、
恵倫子の心は、夢心地に 胸キュンが増す。



「自分の家だと思って、寛いでてくださいね」

「有難うございます」

「寝るときは、
ちゃんとベッドで寝てくださいね」

「はい…、あっでも、私が使ってたら、」

「僕のことは御心配なく。
御客様を疲れさせる方が嫌なので、
遠慮しないで寝てください」

「あっはい… …、」

「あっ、僕が普段使ってるベッドで
申し訳ないですが」

「あっいえっ、それは 寧ろ…光栄でして…、
そうではなくて、」

「?」

「…、香大さんが寝てらっしゃらないのに、
先に寝てるなんて…」

「起きて待ってるなんて だめですよ。
言ったでしょ。

疲れるようなことは、ダメですからね。
ちゃんと寝てくださいね」


「あっ…はい。
じゃあ、
御言葉に甘えて、
ベッド、使わせていただきます」


陽音は、頷きながら ホッとした笑みを浮かべ、
靴を履く。



“あっそうだ”

恵倫子は、思い出して、陽音に尋ねた。


「香大さんっ、
ラックに沢山、CDがありますね。
聴いてもいいですか?」

「あぁ!どうぞっ。好きなのありましたか」

「はい。香大さんの…聴きたくて」

恵倫子は、そう言いながら 思わずはにかむ。


陽音も なんだか照れくさそうにしながら、

「どうぞ」と、返事をした。



一瞬…
目と目が合い、見つめ合う…ふたり





陽音は、静かに口を開き、

「行ってきます」

と言うと、

恵倫子は、

「行ってらっしゃい」

と、返した。




新鮮なやりとりに、

お互いに 胸が高鳴りながら…





後ろ髪を引かれる想いを胸に 玄関を出る、陽音。

名残惜しさをひた隠しに 笑顔で見送る、恵倫子。





静かに 玄関の扉は閉まり、


恵倫子は、
ふと静まり返った空気感に
ひとつ
溜め息をついて…、




“香大さんのピアノ……聴こう”



気分を切り替え、リビングへと戻った。






リビングの一角の畳の部屋で
すやすやと眠っている、響。


恵倫子は、愛おしく眺め、
起こさぬように
そっと ラックへと歩んだ。






壁一面に広がる 大きなラック。


そのまた 横一面に
どっしりと並べられた ステレオ機材。


改めて、陽音の家に居るのだ と、
この現実に、心震え……






インテリアの風格にも圧倒されながら、
恵倫子は、
ラックに綺麗に並べられてある、
様々な映画やアーティストのDVDやCD中から
一枚を手に取った。


何千枚もありそうな中から すぐに見つけた、
香大陽音の名前。


そのCDを丁寧に扱いながら、
記されている曲目を見ていく。


どれも知っている曲に 和む気持ちになりながら、
CDをケースから取り出し、ステレオ機材にかけた。





静かに… 香大陽音のピアノ演奏が、はじまる。





恵倫子は、
静かに… ソファーに腰を下ろした。








何度も聴いてきた、
想い入れのある、陽音の曲。





その旋律が、
素敵な音で 流れてきて…





その素敵な音色のメロディーから

恵倫子の脳裏に 自然と情景が、浮かんだ。







それは、
まるで 映画を観始めたかのよう……







優しい陽音の音色に 心地良く聴き入ってゆく……






抑揚し… 流れてゆく旋律に包まれ…

引き込まれてゆく…







次々に浮かんでくる情景は、
それはそれは、優雅で
壮大で…




まさに、香大陽音のピアノ演奏 そのもの…










音楽を聴いて、
風景や情景が思い浮かぶ人は、いるだろうか…



どれだけ いるだろうか…



同じ音楽を聴いても
想像は、違うだろうか…










演奏を聴いて、
感じ方、想像は、人それぞれであろう…

そんななかで、





恵倫子は、陽音のピアノ演奏を聴きながら

一本の映画を観てるように浮かんでくる情景を

連想していた。





それは、冒険の洋画のような 連想で…








ピアノの
中音単音の スタッカートな始まりに…
…連想される…




藍色に染まる森の…

月光煌めく水面に 軽快に滴る

葉の雫…


落雫に揺らめく 映月水面…








低音で刻まれる 伴奏…




これからはじまる…

青年の 冒険への決意の鼓動…








高音の リズミカルな響き…




青年は、軽やかに 逞しく

森の中を 歩きだした…








転調…




木々を跨ぎ 葉を掻き分け…

虫を払い…








変調…




遭遇する敵を倒し…








連続変調…




仲間になりたい…と名乗る

知らぬ者との出逢い…



裏切り…



ぶつかり合い… わかち合い…




愛する者との想い出の 回想…



別れ…



新しい出逢い…



仲間が増え…



友情の 芽生え…






… … … …目的地へ………








陽音のピアノは、恵倫子に
次々と 壮大な情景を想像させ…



恵倫子の心を 掻き立てた…




そして、





演奏は、雄大な クライマックスへ…







恵倫子の胸の高まりは、ピークへと向かい…







響き渡る彩音たちは、


クレッシェンドから… … 激しく…


一斉に …



… 締め括られた ーー




ーー




静まり返る、空間。

恵倫子は、背もたれに凭れ、

曲の余韻に 浸っていた…






目を覚ました響が、愚図る声を漏らしながら
母を探すように 畳の部屋から 顔を出した。


「あ、起きたの?」


恵倫子は、優しく声をかけながら、
余韻嫋々のままに 響へと歩み寄った。


「ママ~」

「はぁい」


響を 優しく抱っこする。


「ぐっすり寝てたね~」

「ぐっすり 寝てた」


響は、こくりと頷きながら
ママと同じ言葉で返す。


「ママは~、音楽 聴いてたの~?」

「うん♪」

「何 聴いてたの~?」

「これよ」


そう言って、CDジャケットを響に見せた。


「あ~あ~、このヒトのぉ~」

「そう♪、こうだい はるとさん」

「こうだい はると さん?」

「そう!、よく言えましたぁ~」

「ママ~、よかったねぇ~」


抱っこされてる響は、
恵倫子の頭を ナデナデした。


「あらぁ~、ナデナデしてくれるの?
よく言えましたぁの ゆらちゃんが、ナデナデされるのにねぇ」

恵倫子は、ユーモアな響に 優しく微笑んだ。


自分が、いつも言われて して貰ってる仕草を
人にするのが、好きみたい。


恵倫子は、
自分をナデナデする響を見ながら
ずっと微笑んでいた。


「ゆら~、汗かいたねぇ。お風呂、入ろっか」

「おふろっ、入ろっかっ」


可愛らしく繰り返す響に
恵倫子は、目を細めながら

抱っこを降りようとする響を降ろし、
手を繋いで バスルームへと歩んだ。


「あれ~?あれ~?なんだここ~。
違うねぇ、間違えたねぇ、
ねぇママ~、間違えたねぇ~」


自分の家と違う景色に 気づいた様子。

異変に気づくと、最近は
“間違えたねぇ~”と言う響に 微笑みながら、
恵倫子は、説明して聞かせた。


「家と違うの、よくわかったねぇ ゆら。
ここはね、さっきの人の おうちだよ」

「さっきの人~?」

「そう。さっき、CDの写真を見せたでしょ?」

「あぁ~」


響は、大きく頷く。


「その人の おうち」

「なんで~?」

「さっき、傘をさしてくれた人、覚えてる?」

「うん」

「その人と、写真の人は、同じ人。
ママとゆらが雨に濡れたから、
風邪をひかないように 連れて来てくれたの。
お風呂で、あったまって って」

「あったまって」


恵倫子は、微笑みながら 響の頭を撫でる。


「お風呂に入って、あったまろっか」

「あったまろっか!」


家とは違った、
初めての空間にはしゃぐ響とともに
母娘のバスタイムを 楽しんだ。



ーー



お風呂を上がり、
響が風邪をひかないように
充分に髪を乾かしてあげて、

陽音が用意してくれていた
子どもサイズのスエットを着せる。


“スタッフの子ども用で置いてあるものがあるので、
使ってください”
との置き手紙とともに、

そっと棚に用意してあった心配りに
陽音への敬服と尊敬が高まる。



恵倫子は、心あたたまる想いに
響と手を繋ぎ、
心地良い気分で リビングへと戻った。








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