ただひとりの運命の人は、私の兄でした

ひとつになって

光希はレストランを出ると何やら手配して、ホテルのスウィートを取ってくれた。
私は光希に導かれるままに部屋へと足を踏み入れた。
そこには見た事もない世界が広がっていた。ふわふわする絨毯や、シックなのに高級感溢れる趣味のいい調度品とか、キラキラ光るシャンデリア。まるでお城にでも迷い込んだみたいだった。
何だか今日は夢みたいな一日だ。未だに現実感が無くて、夢の中を彷徨っているような感覚だ。
私と光希は並んでリビングのソファに腰掛けて、互いの顔を見て微笑み合った。
すると光希は私の左手を取り、指輪が嵌められた薬指にそっとキスをした。
そんなきざな仕草まで絵になってしまうし、やっぱりその姿にきゅんきゅんと私の心が騒がしくなる。
しかしこんなに幸せだというのに昔の思い出がふと頭に蘇り、急に胸がもやもやしてしまった。
「……どうしたの?あおい」
「光希、昔、彼女を家に連れ込んでた……」
ああ、あんな過去の話を引っ張り出して来て、私はなんて嫌な奴なんだ。
悶々と思い悩んでいると、光希のぷぷっと吹き出す笑い声が聞こえてきて私は驚く。
「あおい、ヤキモチやいてくれたの?」
「……、ちがう!ただ、光希は昔からもててたなあって思っただけっ……」
「過去のことは何の言い訳も出来ないんだけど……あおいへの気持ちをかき消す為に、僕だって必死だったんだよ。色んな女の子と付き合ってみたけど、ダメだった」
「そうなの?」
まだ私の心は塞いだままだ。多分いじけた顔もしていると思う。
「あの時は、付き合っていた彼女がどうしても家に上げろってうるさくて。ずっと断っていたんだけど、わんわん泣かれたから仕方なく、だよ。あの日のこと、あおいは知ってたんだね」
「だって私、……あの日は学校を早退して、家に帰ったら光希が彼女と一緒で。すごくショックだった……」
私が言い終わるか終らないかのタイミングで、私は光希に思い切り抱きしめられた。
「ごめんねあおい、嫌な思いをさせちゃって」
「だ、だ、大丈夫。もう、平気だから!!それに、一緒に暮らしていたマンションにはもう光希は彼女を連れてこなかったし」
久々に感じる光希の身体の体温に私の心拍数は上がっていく。顔も熱い。
「そりゃそうだよ。僕とあおいが暮らす大切な空間に誰も入って欲しくなかったからね。まあ結局、誰と付き合っても長続きしなかったんだけどさ」
「……それって、光希が私のことを優先しすぎたからでしょう?ごめん……」
「僕が好きでやっていたことだ。そもそも付き合う時に、僕は妹を何より優先するからって伝えてあったんだけどね。それがだんだん誰でも、“どうして私を一番にしてくれないの”ってなって、お別れしてた。僕も去る者追わずだったから、そんなものだったんだよ」
「ええ……そんな……」
「これからは誰に憚ることなくあおいを最優先するからね」
次々に明かされる事実に私は追いつくのが精いっぱいだ。
「君が20歳になったら迎えに行こうって決めていたんだ。たとえ君に彼氏がいたとしても、奪い取ってやるって思ってた」
「光希、過激派だね」
私がくすっという笑い声に、光希は恥ずかしそうにはにかんだ。
「そりゃあ、愛するあおいがかかってるんだ。死に物狂いにもなるよ」
お互いに目を合わせて微笑み合うと、沈黙が流れた。
「……あおい。キスしたい」
「えっ、……うん、いいけど、私、初めてだから、何も分からない……」
私がもじもじとそう言うと、光希は額に手を当てて天を仰ぎ見た。
「あの、何かまずかったかな」
「いや、最高すぎて気絶するかと思っただけ。いいよ、僕が全部教えてあげる。まずは目を閉じて」
「は、はい」
何が最高なのかはちっとも分からなかったけれど、私は言われたとおりに目を閉じた。
すると光希が私の両手に自らの手を絡めてきた。緊張で思わずぎゅっと握ってしまう。
「恐がらなくていいんだよ。力を抜いて?」
くすくすという笑い声に、羞恥心から頭にカーッと血が昇る。恐がってるんじゃなくて、期待しているのだ。

夢にまで見た、光希とのキス。
まさかそれが叶う日が来るなんて。これがドキドキせずにいられるものか。

すると、柔らかいものが私の唇に触れた。

どうしよう、嬉しい……!

心臓の鼓動は自分の耳にも届くほどに騒がしい。
私、今、光希とキスしてる。

光希はそっと唇を離すと、今度は私の唇を優しく食んできた。
そして何度も角度を変えて触れ合った。

キスってこんなに蕩けるように甘くて幸せなものなんだ。
小さいころから憧れてきた光希の唇が、私のものになったんだ。

そう思うだけで、体中を突き抜ける様な幸福感にくらくらした。

やがてお互いの唇が離れ、私はそっと目を開けた。
頭がぽーっとして現実感が無い。何だかひどく頬が上気している気がする。

「あおい、とろんとした目をしている。気持ち良かった?」
「うん……だって、光希とキスしたんだよ……どうにかなっちゃうかと思った」
「僕も嬉しかったよ。慣れてきたら、大人のキスもしようね。お互いの舌を絡めて、愛を確かめ合うんだ」
「し、し、した!?」
私が素っ頓狂な声を上げると、光希は大笑いした。
「あおいにはまだ早いかなぁ」
自分がお子様だと言われた様な気がする。確かにそうかもしれないけれど。
でも。
……私はもう遠慮しないって決めたんだ。もう昔の私じゃない。覚悟だって決めてる。
私は光希に向きなおると、恥ずかしかったけれど精一杯の気持ちを伝えた。

「光希、……私に全部教えて。私、今までいっぱい我慢してきたよ?もう光希は私のものでしょう?」
「あおい……」
光希が戸惑った様な表情を浮かべている。私からこんなことを言われるなんて、思ってもみなかったのだろう。
「私たち、もうお互いのことは十分すぎるくらい知っているもん。……お願い、私を光希のものにして……」

熱く火照る頬を、光希の首筋に埋めた。ずいぶん積極的だと呆れられてしまっただろうか。
すると、光希の鼓動がずいぶんと早いことが伝わってくる。

「……光希、どきどきしてるね」
「そりゃそうだよ。……あおい、本当にいいの?僕だってずっと我慢してきたんだ。きっと途中でやめてなんてあげられないよ。本音を言えば、今すぐにあおいが欲しいよ」
「うん、私もだよ……光希が欲しい」

私たちはゆっくりと視線を合わせると、再び唇を重ねた。
もう身体の熱を止めることなど出来なかった。

お互いに滾る様な恋心を秘めて兄妹として過ごしてきた私たち。
これからは兄妹としてではない。恋人としての二人が始まるのだ。

光希はとっても優しかった。大人のキスのやり方もゆっくり教えてくれたし、それ以上に進む時も、私が恐がらないように優しく穏やかに愛してくれた。
私は自分から行為をねだったみたいで恥ずかしかったけれど、それでも光希とひとつになれたことが嬉しかった。
「あおい、愛してる」
光希は何度も甘く優しく私に囁いてくれた。
私は溢れんばかりの幸福感に飲み込まれ、泣きながら光希の背中に縋った。
それは私と光希が今まで共に過ごしてきた中で、一番幸せな夜だった。
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