その恋、記憶にございませんっ!
 それ自体は、なんのときめきもない行為のような気がする。

 あの人が待っていてくれるから、あの家に帰らなければとか、そういう感じではない気がする、と唯は思っていた。

 そもそもよく知らない人だし。

 でも、一緒に暮らすうちに、愛情とか湧いてくるのだろうか。

 わからない……。

 そんなことを考えながら、街灯より弱く見える月の光を見上げていた。

「あの日、夜道を歩きながら思っていたんだ」

 あの夜のことを思い出していた唯の横で、蘇芳がふいにそんなことを言い出した。

「結婚とはこんなものなのかな、と――。

 勝手に結婚が決まることなんて、珍しいことでもなんでもない。

 それでも、なんとなく上手くいってたりするから、別にそれでもいいんだと思ってた。

 特に好きな女も居なかったし。

 でも、あのとき――

 お、猫だ、唯」

 蘇芳はいきなり、狭い路地の前に行き、しゃがむ。

 でも、あのとき、なんだーっ!?
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