契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「ところで急なのですが、先ほどジュリアットの会長と連絡を取りまして、本日のお約束が取れましたよ」
「……ああ」

 柳多が仕事に切り替え、表情を引き締める。けれども、忍の反応が期待していたものではなく、イマイチだったことに憤った。

「どこか覇気が感じられませんね。新婚ボケですか?」
「その話、しつこいぞ」
「すみません。けれど、ジュリアットは我が社の大株主ですよ。この機会をものにしてください。定期総会まで約三か月ですよ」

 柳多は溜め息交じりで忍を窘める。
 忍は柳多と一度も目を合わせずに、顔をふいと逸らす。椅子を回転させながら淡々と尋ねた。

「わかってる。約束の時間は?」
「ディナーを兼ねて、本日午後七時です」

 柳多が間髪容れずに答えると、忍は腕時計を見て小さく息を吐いた。

 少しそのまま静止していたが、おもむろに前傾姿勢を取る。
 デスクの端に置きっぱなしだった携帯に手を伸ばした。

 柳多は携帯を操作し始める忍を見て、つい「ふっ」と笑い声を漏らす。

「ずいぶん気遣っていますね。その様子だと、指輪に気づいた社員たちが『副社長は愛妻家』と騒ぎ出すのが目に浮かびます」
「よく言うよ。自分も鈴音に余計なことを言ったんだろう?」

 忍は柳多の冷やかし発言に、嫌味で返した。
 柳多は僅かに首を傾げ、すぐに「ああ」と閃く。

「この間、彼女が昼食を持ってここへ来てくださったときの話ですか」

 それは、鈴音が初めてこの場所に訪れたときのこと。

 柳多が『ある程度夫婦のように仲良くすることは必要』と吹聴した話だ。

「あまり鈴音を振り回すようなことは控えてほしい」

 忍が辟易した様子で言う。すると、柳多は片眉を上げ、鼻先で笑った。

「そういうことを仰るようになるなんて思わなかったもので。それがわかっていたなら、あんなことをわざわざ提案しませんよ」

 ふたりの関係は上司と部下だけではない。
 昔から交流があったため、忍よりも六つ年上の柳多は業務中でも時折、年功序列の態度が出る。

 忍は特にそれに対してなにも思いはしない。
 ただ、今のは態度ではなく、口にしたことが引っかかった。

「どういうことだ?」

 軽く眉根を寄せ、不機嫌そうに尋ねる。
 それでも、柳多は動転することもなく、薄っすら笑みを浮かべる。

「つまり、僕はきみを信じているっていうことだよ」
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