契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「この結婚の約束を無期限にしたい。――きみが好きだ」

刹那、風が舞った気がした。けれど、実際には笹の葉ひとつ揺れていない。

揺さぶられたのは鈴音の心だ。
信じられない気持ちで穴が開くほど忍を瞳に映し出す。

「入籍希望の八月八日は過ぎてしまった。だけど、悪いが来年までは待てそうもない」

忍はメモをポケットにしまい、自由になった両手で鈴音の両頬を優しく包む。
そして顔を上向きにし、至近距離で熱い眼差しを向ける。

「きみを手放したくない。もうこんな思いはたくさんだ」

飄々とし、冷静で精悍な瞳が忍という男の印象だった。

それが不安そうに眉を寄せ、悲しげな色に染めた瞳を揺らす。

見たことのない表情に鈴音は目を逸らせない。

「無期限って……本気ですか? 私を選んでも、なんのメリットもないのに」

自然と口から零れていた。

鈴音の問いかけに、その後も数秒視線を交わらせ、おもむろに鈴音の顔から手を外す。
忍の手が離れていくのを淋しく思っていると、左手を掬い取られる。

「そばにいてくれれば、少なくとも今回のように胸を引き裂かれるような思いはしなくて済む」

冗談交じりに笑って言った忍はポケットに手を入れる。

中から出てきたのは、三日前に別れを告げた結婚指輪。
それがまた舞い戻ってくるだなんて考えもしなかった。

再び薬指につけられた指輪が滲んで見える。

「どうやらオレは、鈴音にしがみつかれなきゃ眠れなくなったらしい。だから睡眠も保証されるな」

忍は鈴音の左手の指を絡ませ握り、左腕で鈴音の身体を引き寄せた。
背中に手を回し、力強く抱きしめる。

「オレと本物の夫婦になってくれ」

耳の後ろで確かに言われた。
鈴音は忍の温もりに包まれ、脱力する。

たった三日。でも三か月にも三年にも感じられるような時間を過ごしていた。
そのせいか、どこか懐かしい温度と匂いに、自然と頬に涙が伝った。

「……はい」

忍の広い胸はとても頼り甲斐があり、安心できる。
瞳を閉じ、しばらく忍に寄り添っていると、そのままの体勢で聞かれた。

「……最後の手紙のp.s.――あの続きは?」
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