攻略なんてしませんから!

素直が一番



 聞き覚えのある声に、アイクお兄様と私は顔を見合わせて微笑みを交わし、ジャスパー様は若干青褪めた顔をしたけど、直ぐに憮然とした顔をする。一人キョトンとしているのは、未だにお菓子を頬一杯に頬張っているアズライト様だけ。

「久し振りだね、マウシット。挨拶なら勿論済ませているよ」
「お久し振りです、アイドクレーズ。では、このような場所で何を?」
「偶然友人と逢ってね、話をしていたんだ。お茶会の会場は、何処の御令嬢もラズーラ殿下とリモナイト殿下に夢中だろうしね」
「そうですね、目的を考えればアメーリア嬢は参加すべきだとは思いますが」

 アイクお兄様の言葉に納得したのか、マウシット=カルシリカ様は銀フレームの細い眼鏡を軽く上げ、視線を私へと向けてくる。この凍えそうな視線、昔から目の敵にされているようで落ち着かない。ご本人は眼鏡キャラで結構好みなんですけどね、この方本当に礼儀に厳しいんです。頭も良くて綺麗な顔をしてるし、笑ったら可愛いのになぁ…マウシット様。

「アメーリア嬢。貴女は今日は特に、リモナイト殿下の近くに居るべきではないのですか?」
「お久し振りですわ、マウシット様。私はリモナイト殿下にはご挨拶を済ませておりますし、今日はラズーラ殿下もリモナイト殿下もお忙しいので、少し席を外させて頂いてますの」

(アイクお兄様が、今、そう仰ってましたでしょう?)

 にっこりと微笑みを浮かべつつも、心の中では強調させて頂きます。普段は『まぁ、小さい子供の言う事だし』と広い心で受け入れるけど、マウシット様は私をリス王子の餌係とでも思っているんだろうか?リモナイト殿下にはお菓子の件で懐かれている感じはしますが、私よりもラズーラ殿下の方が上です。お菓子だって幾ら野菜を使った健康志向なお菓子だとしても、虫歯にだってなるしね。食べ過ぎ注意です。
 この口煩いと言われてしまう、可愛いご令息様はマウシット=カルシリカ様。私と同じ歳の七歳の侯爵家の嫡男で、この方も攻略対象です。青味のかかった銀髪に薄い青の瞳で、銀フレームの眼鏡をかけている。氷の貴公子と公式設定の通り、厳しく無表情が板についた美形です。攻略が成功すれば、侯爵夫人エンドか宮廷魔術師エンドです。マウシット様が宰相にまで上り詰めますので、それなりの能力と地位が此方にも必要となるのです。
 しかし、このマウシット様。何故か妄想滾らせたお姉様方に大人気でしてね?ラズ殿下の嫁かジャスパー様の嫁として人気だった。アイクお兄様のライバルだったんです。裏の最大手だったのが懐かしい。

(アメーリアでの攻略スチルでは、綺麗に微笑んでいたスチルはあったけど、もう一人のヒロインの様に照れた笑みや崩れた笑顔は無かったなぁ。お人形さんのような美人なのに勿体無い)

 何気にアメーリアでは一番攻略が難しかったんじゃなかろうか?年上にも見えるけど、同じ歳。アイクお兄様を呼び捨てだけれど、同じ侯爵家の嫡男同士だもんね。今も腕に抱えているのは難しそうな本で、重くないのかな?と思ってしまうけど、それ持って殿下の傍には居れないと思うの。

(武器になら出来そうですがね、角の角使えば鈍器になるよね?)

「挨拶は済ませたとしても、一度会場へ戻ったほうがいいでしょう。殿下の側仕えが此処に揃っていては何かあった時に動けません」
「そうだな、アズラも元に戻れたし」
「う…、ご、ごめんなさい…」
「アズライト様、此方をどうぞ。鼻を覆っていれば多少は匂いもましかと思いますわ」
「アリア様、ありがとー」

 令嬢が持ち歩くレースのハンカチではなく少し厚手のハンカチは、ラーヴァがお菓子を食べたりお外に出かけた時用のハンカチです。小さい子は直ぐに手を汚すので、自然と持ち歩くようになってました。まさか、王宮に来て役に立つとは。無駄に色々持ち歩く癖が役に立ちましたわ。
 ハンカチを受け取って、まだ手にしたままのクッキーを頬一杯にして食べるアズライト様に、何故かマウシット様の視線が刺さっています。

「アメーリア嬢、そのお菓子はアトランティ家のものではないのですか?リモナイト殿下にお渡しするものでは?」
「そちらでしたら、先にお渡ししてますわ。コレはお茶会用の、アイクお兄様と私用のお菓子ですの。宜しければ、マウシット様もどうぞ?」
「これは、リモナイト殿下だけのお菓子と聞いてますから結構です」
「あら?そうですか?」

 睨みつけるようにお菓子を見ていたので、他にも持っていたお菓子の包みを差し出したら拒否されました。というか、自分で拒否しておいて今にも泣きそうな顔するの止めません?欲しいのに必死で我慢する子いるよねー、意地っ張りなの。

(なんだ、頑固なだけでしたか。可愛いところもあるんですね)

「でしたら、マウシット様からリモナイト殿下にお渡しして頂けると嬉しいですわ」
「何を言ってるんですか、もう渡したといってましたよね」
「リモナイト殿下はお茶会の会場にいらっしゃいますもの、きっと一つでは足りないと思いますの。ご一緒に召し上がって頂けますと、作り手にも味の感想を伝えられて更に美味しい物をお届けできると思いますの」

 お菓子の包みを差し出すと、今度は素直に受け取ってくれました。しかも、嬉しそうに微笑みまで浮かんでますよ。ゲームでのスチルの様な無邪気な笑顔って訳じゃないですけど、アメーリアでのスチルに比べれば一番の笑顔かもしれないです。

(お菓子で笑顔を引き出せるとか、やっぱり子供にはお菓子が偉大だわ)

「こ、此方は確かにリモナイト殿下にお渡し致します。陛下も中庭の会場へと向かわれたそうですから、早く戻った方がいいかと思います」
「そうだね、席を離れてばかりなのも良くない」

『ワレニ、コタエヨ』

「え?」
「アリア?どうしたの?」
「今、何か声が…」

 その場に居た皆でお茶会の会場へと戻ろうとした時、耳に届いた低い声。その声は聞き覚えがあり、背筋をゾクゾクと伝わっていく感覚に、思わず腕を見ると鳥肌が立っていた。胸が激しく高鳴って、段々息が苦しくなってくる。

「アリア?」
「……いかなきゃ」
「アリア、どこに!?」

 本当はこんな苦しい状態で走るのなんて嫌なのに、まるで勝手に足が動くように急かされる。覚えてるこの声は、アメーリアの相棒でもある『聖獣』の声。大きな体とふわふわの毛皮を持つ、黒い狼の聖獣の姿が私の頭に浮かんでくる。
 アイクお兄様が止めるのも聞かずに一人で走り出す事だって、今の私には信じられない事だけど、ゲームの公式では学園に入学する前には出会っていた聖獣。それなら、其の出会いは今日だったのかもしれない。

(だって、この声は…)

 ゲームの登場人物に出逢うのは驚かない。だって、其れがゲームで決められた設定なのだから。出逢う時期が早くなってしまったのは、私が設定されたアメーリアの動きをしていない所為だけど、それはゲームの内容を私が知っているからだと思う。
 此処は決められた世界だけど、今の私にとっては現実だという事を、私はまだ全然実感なんてしていなかったのだと、打ちのめされる事になるのは、本当に直ぐのことだった。

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