アレキサンドライトの姫君
第四章 嫉妬と羨望の狭間

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翌日。国王の公務の合間の僅かな時間にディルクと共に挨拶を済ませた。
その後エーデルはディルクと一緒に昼食を摂ってから、私室に戻って机に向かっていた。
先程改めて対面した国王は相変わらずエーデルの体調を心配してくれていて、エーデルが先日御前で倒れた非礼を詫びようとするのさえ遮って寛大な言動で場を和ませてくれた。
ディルクとの婚姻を心から祝福してくれており、「息子ではなく、私の妻にならないか」などと冗談まで言って笑いを誘い、
改めて、この強国を統治するに相応しい、全国民に慕われているという寛容で明敏な人柄に尊敬の念を抱いた。
国王への挨拶も済ませ婚礼の許可を頂いたことで一つ胸の痞えが下り、エーデルは安堵したように深く息を吐いてから、手紙を認(したた)めようと便箋を広げた。
家族ヘの手紙。
何からどう書いたらいいのだろう…文面を何度も頭の中で組み立てては崩し、思案しながらペンを握る。
…実は10年も前にディルク王子と出会っていたこと。
それ以降 数えるほどではあったが逢瀬を重ねて愛を育んでいたこと。
こうしてハインリヒ王国に来るまで彼の身分も地位も知らなかったけれど、ようやく彼の全てが分かり、望み望まれて、王太子妃になるという喜びと不安。
たった一人で異国へ嫁ぐ自分。寂しい気持ちはあるけれど、彼と一緒に乗り越えていく…と。
少しでも家族に安心してもらえるように、祝福してもらえるように。
思いつく限りの感情を、素直に綴った。

「…あ」

気付けば手元の便箋は五枚以上にまで展延していた。苦笑いしながら、どうにか封筒へと収めて蝋印で封じた。
そして新たにペンを取り便箋に向かう。
これは、幼馴染で親友のシャルロッテへ宛てて。
同い年で両親同士の仲も良かったことから、幼少の頃から随分と時を一緒に過ごしてきた。
突然こんな風に別れてしまったこと、もうあの頃にようにおしゃべりも出来なくなってしまうこと、この秘密の恋を唯一知っていていつも応援して励ましてくれていたことーーー。
感謝と謝罪と寂しさと。
心を込めて一文字一文字を綴った。
息を吐きながらペンを置くと、まるで頃合いを見計らったかのようにドアがノックされた。
『あとでお茶をお持ちしますね』ーーーそうミーナに言われていたから、きっとミーナに違いない。

「どうぞ」
「エーデル、入るよ?」
「ーーーえ?」

その声に驚いて瞬時に振り仰いだものの、『彼』はもう扉を閉めて部屋に足を踏み入れていた。
ミーナだと思い込んでしまって何の警戒心も抱かなかった自分を責めてももう遅い。

「ヴェルホルト殿下…」
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